ハードの進化とは、指数的な価格低下と言い換えることができる。
今では1GBのSDメモリが、アマゾンで3000円程度で売られている。
2年前なら10万円だしても買えなかっただろうものが、指数的に価格下落をしていっている。
あと1年もしないうちに、2GBが3000円くらいになるだろう。
こういった大規模メモリーと今では捉えられているものが、すぐにFloppyのような
存在になるのである。
#昔は1MBのフロッピーが出たとき、こんな大容量なものをどうするんだと思ったものだ。
これに対して、肝心のソフトウェアはちっともコストパフォーマンスが指数的に変化しない。
ハードウェアの処理能力に依存した、GUIの見栄え向上やサービス機能の増大はあるが、それは一方で
使い難さを招いたりして、現実にあまり有効活用はされない。
ワードやエクセルのようなOffice製品がどんなに高機能になっても、使われない余計な機能が増えていくだけだ。
機能が今のものが100として、3年後には機能が200に増えているとする。
今で30の機能を使う人たちを中心とする分布があるとして、機能が200に増えたとしても
その中心が60になることはなく、せいぜい35になるとかいったレベルだろう。
これは、いわゆる”情報処理コスト”といった見方が意味のないものであることの一つの例だ。
ITであっても、単に、物の値段の問題として(価格理論的に)考えればいいのだ。
むしろ、どの企業であっても現実には情報処理コストはうなぎのぼりだ。
Windowsの未だに高価なことといったら犯罪的ですらあるが、それにくらべ今のノートパソコンは、気の毒なくらいに安い。
昔30万円とか払って、なけなしの貯金から買っていた感覚からすれば、むしろ腹が立つほどに安くて高性能だといったほうが近い。
そして、ハードはまだまだ指数的に安くなっていくのである。
こういった情報機器に対する投資というのは、資産価値のまったくないお買い物だ。
今のデジカメも、おそろしく高性能だが、気の毒なほどに安く売られているのは、それが資産価値が
フィルムカメラほどにはないからである。つまり中古市場が形成されないのである。
ITに対する出費は、食費のような、必要だけども何も残らないものに近いかもしれない。
これはITの一つの大きな特徴だ。
またWEB2.0のように、ソフトはGoogleのように巨大なマシンーデータシステムを自在に共有する。
誰にもGoogleと同様のシステムを自宅に構えることは不可能だが、そうしているのと実質的に同じサービスを受けることができる。
今の流れは、あきらかにクライアント側のパソコンが限りなくチープになり、水のように安いコモディティとなるベクトルなのである。
さらにチープになるだけでなく、軽くなっていく。
来年辺りからはノートパソコンのデータストレイジは、HDからフラッシュメモリに徐々に置き換えられ大幅な軽量化と省電力化が行われるだろう。
モバイルコンピューターは、パナのレッツノートで15時間電池が持つとか謳っているが、
この電池稼動時間/ノートパソコン重量という重要な指標のパフォーマンスも指数的に向上していく。
またケータイやPHSのような常時無線接続回線速度がある閾値を越えれば、パソコンもISP側の本体にアクセスするVM機能に特化していくだろう。
つまり、WEB2.0化は今後もあらゆるレベルで進行する。
ハードの変化は、インタフェースの劇的な向上をもたらすだろうし、ノートパソコンのようなパソコン然としたノートインタフェースでなく、
日本人の好きなロボットのようなインタフェースになっていくだろう。
今後CPUの過剰な性能向上は、ロボットのようなものに実装するしか一般的な活用はないだろう。
これからは家庭用のロボット産業が本格的に勃興するに違いない。

