2007年11月10日

Allocation Problem:大前流 心理経済学

「大前流 心理経済学」 大前研一著 講談社

この本を昨日本屋で見つけて買ったが面白いので一気に読んでしまった。
心理経済学とあるから、行動経済学の話でも大前さんがするのかと思ったら、全く違う。
この本は「チャイナ インパクト」以来の久々の大前さんのヒットとなるだろう。
もっと言えば、この本は大前氏の著作のベスト1といってもいい内容だ。
こういうPositiveな構想を示すことが大前氏の最も優れた部分であり本領だ。
タイムリーにも私がここのところ関心があった話題であることもあった。是非、多くの人が読むと良いと思う。

大前氏の良い点は、その日本人ばなれした豊富な経験と世界の一流の人間達との交流の広さから培われたのであろう構想力だと思う。本や役所の作った資料を読んでしかものを言えない大学教師とはその点が大きく違う。
例えば、最近はやりのPaul Romerともスタンフォードの客員教授時代の同僚で、よく議論をしたというが、大前氏はRomerの「付加価値の創造主体としてのIT」という考えを否定する。さらに、「ローマ―教授の学説を輸入している日本の学者が危険なのは、彼らが生産性向上の議論をする時に彼我の産業構造の違いを理解していない」としている。さらに引用しておくと、「日本では生産性の高いのは輸出産業など世界の競争に晒されてきたところだ。一方、生産性からみて問題となる産業は、ほとんど全て保護されてきた産業である。そうした産業が保護されてきた理由はまさに雇用維持、であった。だから日本の遅れた産業の生産性を高めれば、当然のことながら、失業者の山となる。・・しかも失業者の増加に対してどのような施策を採るのかと、という提言は全くなく、単なる思いつき、という程度である。」
これに対する大前氏の案とは、まずは日本の高齢者の抱える潤沢な資金を、資金の必要な若い層にアロケートさせる必要があり、そのための税制改革やDeregulationをまず行うべきだということであろう。

もちろん、どんな本でもその内容に全面的に納得などするわけではないが、大前研一のスピリットにはリバタリアンにも通じるものがあり、私は大前氏を非常にリスペクトしているのである。大前氏のビジョンとは、常にその逆の方向に日本社会は動いてきたが、今回の本のポジティブなメッセージは多くの人の心理が動かされるだろう。
特に2章までにある豊富な図表にはかなりの説得力がある。

金が金を生むというと、それをマネーゲームだなんだと分かったような批判をパブロフの犬のようにする人間やマスコミばかりだが、まずこの考えが間違いだということを認識する必要があるのだろう。
なぜならマネーが、国際的にダイナミックに動くことで、資金の必要な人や国にアロケートされ、それによって新たな価値が生まれているからだ。こういった人、モノ、金のアロケーションが世界的な規模でダイナミックに行われるようになったのが現代の特徴なのである。

Growth Problemの本質はAllacation problemだとするのが、Mises-Kirznerらオーストリアンの主張のキーポイントである。人、モノ、金のアロケーションを阻害する政府規制がない国が世界的にも急速に伸びている。特にシンガポールやヨーロッパの超小国が意識的に規制を撤廃することでallocation problemを解決しているために、この10年くらいに急激に成長しているのだ。その事実は、本書を読めばよく分かる。
先進国は、その資金を効率的にアロケーションすることで市場原則に則り、世界的にWin-Winの関係になることが可能なわけだ。

だが、ここで大前氏の提言している内容はほとんど全て法律の変更、特に税制の改革を伴うものだろう。この点は大前氏も重々承知してながら書いているのである。
本書が従来の大前さんの政府批判本と違い少し洗練されているのは、原因を政府だと特定はせずに、むしろ国民の心理だとずらしているところである。政府が諸悪の根源だということくらい誰でも分かっているだろうが、政府や法律を直さないと一歩も進まないという結論では、個人は何も出来ないことになる。

例えば、ソ連がここ最近経済がすこぶる好調なのは、フラットタックスを導入したかららしい。
サッチャー、レーガン革命でも税制改革がその改革のフレームワークを作っていたわけで、膠着した税制を変えることができれば、日本社会も激変する可能性はある。それが出来ればの話だが。

またフランスやイタリアは、未だに貴族とその財産が残っているが、これはこれらの国で昔から相続税が0だったからだ。相続税を肯定することは、2重課税、3重課税を認めることであり、社会の形もしくは伝統を根こそぎ破壊することになるということに日本人は気づいていない。
またイギリスやヨーロッパの少子化は、少し前まで深刻な社会問題だとされていたが、経済が活況になることで、すでにイギリスの出生率は1.7を超えているそうだ。日本が1.2と少子化に歯止めがかからないのとは対照的だ。結局これらの現象は経済問題の結果であって、政府がしゃしゃりでるべき”社会問題”ではないということだ。

大前氏の構想を聞けばたしかに日本も変われば変われるのではないかという気がしてくる。
小泉ー竹中改革に対する評価はかなり厳しい。私も小泉ー竹中を日本の新自由主義改革の第1歩と見ていたのはやはり甘すぎたかもしれない。外から見れば、新自由主義的なお祭りに過ぎないと見られても仕方ないのかもしれない。

北欧では、Teachという言葉が禁じられ、Learnという言葉を使うようにされているという。
日本人の民度の低さは、教育制度によって叩き込まれたものであり、国民が社会主義イデオロギーにかなり洗脳され、それによって国家主義、権威主義におかされ、自由な発想を失っているが故に、今の現実があるわけだ。
そして、福沢諭吉が言うように所詮その国の政治のレベルは、民度を表している。
田中角栄という天才革命家が作り上げた70年代以降の醜悪な社会民主主義体制に日本はあまりにも長い間染まりつづけた。卵が先か、鶏が先かという話ではあるが、文部科学省の撤廃をするぐらいしないと、法制度改革をする民度的な条件が生まれない可能性もある。


以上、いつものとおり、本の紹介と私見をまとまりなくだらだらと書いたが、私もこれからもっとお金の運用についてLearnすることにしよう。

posted by libertarian at 12:21| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする