2008年05月17日

Shifting Initiative of Free State

目には見えなくても、現在の私達の政策が抱えているコストはずっと高いものであると思う。
どれくらい高いかは私にはわからない。少なくともコーチゾン薬の開発に携わっていた医師の一人が、現在のような厳格な安全基準をFDAが当時も実施していたら、この薬は今でも利用できなかっただろうと思っていることを私は知っている。同様のことがペニシリンにおいても述べられてきた。おそらく安全とは言えない新薬の使用に命を賭けて、亡くなっていく人々は存在するだろう。私達は、そのことを50年前に「危険を避けて」いたら今日死んでいただろう数百万の人々の命と比べてみなければならない。

デヴィッド フリードマン 「自由のためのメカニズム」 より

このデヴィッド フリードマンの名著は、22歳の時に書かれた本だ。
その早熟さ(*)には驚嘆する。内容の濃い本なので、たまに読み返すが、その度に発見がある。
#というか、私は読んだことをすぐに忘れてしまうから、覚えてないだけか。。(^^;

この本は、内容は濃いが平易に書かれている。やはりミルトンの息子である。
だから多くの人に読むことをお勧めできる。しかし平易ではあるが、内容が濃いので何度も読み返すとよいと思う。1回読んだくらいでは、この含蓄ある政治的マニフェストが理解できないだろう。

*親父のミルトンも天才で、母親のRoseも一流の学者であり、母親の兄弟Aaron Directorもノーベル賞受賞者だから、David Friedmanはいわばリバタリアンのサラブレッドだ。

話がそれたが、このように政府が社会にもたらす損失というのは、計算が不可能だ。
しかし、それは計算できる無駄の部分よりも、はるかに巨大であることは間違いない。
医薬のように、FDAが絶対的な許認可権限をもっている場合では、新薬の開発の遅れ、新薬の禁止による社会的コストはほとんど計算ができない。一方で、政府が禁止をするのに要するコストは、ほとんど0だ。無用な橋や道路にかける膨大な税金の無駄というのは目に見えるし、ある程度計算できるが、このような禁止による損失というのは、なかなか目に見えない。
このことは医薬に限らずに言えることだ。

以下はバウチャープランについて触れた部分だが、引用すると、
諦める理由など全くない。国家を現在のような状態にするためには長い年月を要した。そして国家をそこから抜け出させるにも長い年月がかかるであろう。(同p77)

と書いているが、最近のドバイのような非NationStateの勃興とNetの普及によって、もはや自由の実験はアメリカという国から離れたのではないかと思う。
これは18世紀にイギリスから「自由な政府の理想をさらに発展させることの主導権はアメリカ人の手にわたった」とハイエクがConstitution of Libertyの中で書いたように、現在は、もはやアメリカは自由の理想を実現させる主導権は持っていない。自由の理想の主導権は、もしかするとドバイのような小国に移りつつあるのかもしれない。ベドウィンとは、もともと遊牧民族であるからこういった国はNationStateではない。ベドウィンの国境を無視して交易する商業民族のDNAと、ネットで国境なく移動する資本というのがマッチしているだろう。
#ドバイのユニークな点として、街に住所というのが一切ないらしい。遊牧民にはそういう観念がないそうだ。

posted by libertarian at 23:47| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Dubai Libertarian Country?

「ドバイにはなぜお金持ちが集まるのか?」福田一郎

このところよくドバイの話を聞くようになった
私も前からDubaiは注目していたが、この本を読んでさらに興味がそそられた。

簡単にドバイの特徴を纏めてみると
  • シェイク(首長)の国であり、行政府がない→政府がZeroMinimum!
  • 100%Taxフリー、つまり税金がない→そのため、政府による税金の無駄遣いがないし、政府の腐敗汚職もありえない。
  • 恒久的滞在権がなく、更新制となっている→移民問題なし。さらに就労していないと更新できない。
  • 犯罪が極めて少ない→犯罪をすれば2度と入国が許されない
  • 医師や弁護士の資格は、外国でとった資格がポータブルに使える。→簡単な面接試験だけでOK
  • オープンな経済→規制が少ない。資金の持ち出しも持ちいれも自由
  • ドバイの会社制度は更新制
 
ざっと書いただけでもこのような特徴があり、単なるタックスヘイブン(tax haven)とは異なる。これはほとんどリバタリアン国家といってもいいだろう。

このような国家が21世紀の国家のお手本となるだろうことは間違いない。
私も近く、ドバイを見に行ってみたいと思う。

posted by libertarian at 11:05| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする