2015年03月22日

Geopolitics

「地政学の逆襲」をほぼ読んだ。
ロバート カプランは、リベラル寄りのライターだが、なかなか興味深い本であった。
しかしあちらのリベラルは、いかなる文明もいわゆる民主主義なるものに収束するのが進歩と思っているのはどうしようもない。
だが、この本を読むような人間は、そういうわかりやすい落とし所を与えられて安心するのだろう。
むしろデモクラシーとは何のための手段、制度かというのが問題で、これに答えられる人間は残念ながらあまりいないだろう。


もとより民主主義、デモクラシーとは政治制度であるから、単なる手段仕組みであり、信仰や理想の対象ではないのだが、アホな教育とマスゴミの喧伝により、単なる制度が思想なり理想に格上げされているわけだ。ツーバイフォー工法はなによりも素晴らしいと信仰しているようなものである。
リバタリアンならば、リベラルのいう自由とは積極的自由であり消極的自由とは真逆のものであると理解するであろうし、民主主義なるものは全体主義と同じ仕組みと理解するだろう。それが事実である。

教育制度においてイデオロギー教育は認められていないが、現実に歴史教育はイデオロギー教育そのものだ。
歴史というのは、普通、戦争や政権や国の盛衰に関する記述だが、私の生きていた時間だけでも、多くの国が生まれ、多くの国が消滅している。ソ連が解体して、いろんな国が生まれたし、ユーゴも分裂し、さらに大東亜戦争終結時から考えれば、ほんの70年の間にかなりの数の国の生成消滅がある。逆にいえばほんの70年前はいわゆる国などごく僅かだった。国とよべる国は欧米諸国とロシアと日本くらいだったのだ。その他は、国ではなく地域、地帯といったもので、そこに住む人たちの比較的小さな社会があっただけというのが事実だろう。

国が沢山あると戦争がおこり、戦争をなくすという大義で大統合が行われるが、結局、民族問題などを抑えるため抑圧的な制度がしかれ、そのうち内紛が起こって、また分裂するというのが国という制度のパターンである。キングタムの秦の始皇帝もしかりだ。

ナショナルヒストリーとは別の観点で、歴史を考える必要がある。国が無くなろうが、新しい国になろうが、そんなものは市町村の統合、改廃と同じ程度の意味しかない。日本はその点特別だが、大陸国家では国というのはそんなものだ。宗教や民族的共同体の方が国家という枠組みよりはるかに強い結び付きがある。
その点、日本はあまりに特別だ。恵まれた国といえよう。イギリスと同じ島国といっても、今もイギリスはかなり強権的な中央集権で無理やりまとめた国である。このことは、こないだのスコットランド独立問題でよく分かった。
日本は特別な歴史と地理と一体感をもつ国といえる。宗教的、民族的連帯感というよりも、強い近代的なナショナリズムがかなり古くからある国なのだろう。

本当の人類の歴史とは技術の歴史であり、宗教の歴史と見たほうがよいと思う。
戦争は悲惨だが、実際はインフルエンザや疫病による大量死の方が多い。
戦争は派手だし悲惨だから大きな事件と思われるが、戦争とはセキュリティ問題の1局面であり、セキュリティが突破された時、または突破した時に起こる事件にすぎない。
長い時間を通して変わらないのは、地理くらいのものだ。地理は人類のマクロな制約条件といえる。このマクロな制約条件について考えるのが地政学とも思われる。つまり地理は歴史の本質ともいえる。








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2015年03月12日

Islam as a libertarianism

イスラームの原理主義について穏健なイスラムと急進的なイスラム原理主義があるという理解は間違いなのかもしれない。
イスラームには、近代の世俗主義があるとした方がいいのだろう。つまり原理主義があるのではなく、世俗主義が近代の国民国家に分割統治されたイスラムに特異なものとしてあるとみる見方である。逆に言えばいわゆる原理主義とはイスラムそのものということだ。

中田考氏によるとイスラームは、アナキズムとしかいいようのないものだそうだ。国家や政府はイスラムには反するし、当然に税金もイスラムに反するからない。実際、過去1000年以上、イスラム社会では税金はなく、異教徒に対してのみ信教の自由の保証の代わりに人頭税を課していただけらしい。イスラームはアッラーに対する服従という意味だが、同時にアッラー以外の政府や権力への不服従を意味する。

その点、リバタリアニズム的な社会というのは、イスラム社会において既に1000年以上前から完成されていたといえるのかもしれない。
イスラムは国家なき共同体、政府なき共同体である。
リバタリアニズムのようなものは、世界宗教にはまずならないだろうから、先進国内における政治的主張に留まるだろう。
そもそも日本のように、自由という概念にあまり求心力がない社会も多いわけだ。

リバタリアニズムの唱える自由とは消極的自由であり、外部の権力による強制がないことだから、それは政府がない状態において完成される。
イスラームは、戒律が厳しくて自由がないイメージがあるが、実はそのような消極的自由を1000年以上昔に完成させていたといえる。
イスラム法という自然法による支配がイスラーム世界の本質であり、カオスや無秩序ではない無政府の共同体ができていたわけだ。

欧米はやはりベースがキリスト教社会だから、欧米の知識人はイスラムを全くしらないのであろう。
David Friedmanやミルトンフリードマンは、リバタリアン的な社会は過去に存在したことがないと言っているが、それは単にイスラームを知らなかったということなのではなかろうか。

イスラームは拡大しつつあり、既に世界の約4人に一人がムスリムだ。
もしカリフが再興されれば、これが一つのイスラームとして国家を超えたまとまりをもつ共同体になる。
スンナ派とシーア派の対立も、実はそれほど根深いものではないそうだ。確かに昔のカリフの誰を認めて誰を認めないかの問題だから、そんな深刻な問題とは思えない。それが大問題なら、今カリフがいないことの方がはるかに大きな問題だろう。
今のスンナ派とシーア派の対立は宗派対立というより今の国民国家の政治的対立により先鋭化したもののようだ。

posted by libertarian at 23:54| 東京 ☀| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月08日

Offshore balancing

ミアシャイマーなども正しく指摘している通り、アメリカがアルカイダなどのムスリムに憎まれる最大の理由とは、アメリカがサウジアラビアなど中東に軍隊を駐留させていることにあるらしい。
実際、アルカイダのビンラディンは、マッカとマディーナをアメリカ軍が守っていることが許せないと考えていたようだ。
湾岸戦争の1992年以来、アメリカはサウジアラビアに軍隊を駐留させていた。それがアルカイダによる911攻撃などテロの遠因だったのだ。ムスリムにとっては自明なこのことがアメリカはずっと分からないでいたわけだ。

それに対してミアシャイマーは、レーガンの頃のオフショアバランシング政策、つまり軍隊を直接紛争地におかず紛争地のパワーバランスを維持させていた政策を高く評価している。→これは具体的にはイランイラク戦争のこと。
湾岸戦争以降、アメリカがサウジに駐留し両にらみを行ってきたのがまずかった。結果、イランは核武装する余裕を得たのだろう。
であるから、オバマが中東から軍隊をひくことは、ミアシャイマー的には評価できることだろう。しかし中東から全駐留軍を撤退させることは必要条件だ。
だが、オバマのそれがオフショアバランシング政策を伴ったものであるかは分からない。そうではないと思われる。
既に核保有国は10か国になっているが、これはアメリカが軍事的脅威を与えすぎたことが、インセンティブとなっていた。
オフショアバランシング政策をとることが核を拡散させないためにも、もっとも効果的だというのがミアシャイマーの見解だ。

この20年のアメリカの国防政策は完全に迷走したもので、911に過剰反応しできないことをやろうとしすぎた。アメリカはあまりに独善的で驕り高ぶったことを恐怖に駆られてやっていたわけだ。アメリカはイラクで湾岸戦争以来、100万人規模の民間人殺戮を行ってきた。
恐るべきことである。

ミアシャイマーは、欧州と、ペルシャ湾、北東アジアの地政学的重要性を訴えているが、アメリカは中東から撤退し、北東アジアを重視することを主張してる。シナの脅威はブッシュJrが就任当初正しく認識していたことだったが、ブッシュは911で血迷ってしまった。
ネオコンなど取り巻き連中がダメすぎたのも問題だ。ちなみにフランシスフクヤマは最初ネオコンだったが2006年からはLiberal Imperialistに鞍替えしたそうだ。w

中東は今、火が付いた状態だが、何を問題と見るかだ。ISISは話題だが、実際はシリアの方が深刻な殺戮を行っている。
今後、中東はトルコ、シリア、ISIS,サウジ、イランのパワーバランスが問題となるのであろう。この中で期待の星はトルコだろう。
トルコはイスラーム回帰しつつあり、場合によるとトルコが正当なカリフ国として復活する可能性もあるのではないか。


posted by libertarian at 22:48| 東京 ☁| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Awakening ISLAM

私はイラクのクウェート侵攻(1990)も、湾岸戦争(1991−)も昨日のことのようによく覚えている。
その後、アメリカによるイラク侵攻(2003)があったが、それもつい昨日のようだ。
イラク侵攻の時は、大量破壊兵器(WMD)の存在がどうのこうのといわれていて、その後ありませんでしたということだったわけだが、実際は、それが最大の動機というわけではなかったのだろう。
アメリカの軍事産業や石油利権がどうのこうのといった話もよく言われるが、それも違う。

軍事行動はあくまで軍事的、セキュリティ上、地政学的な理由が第1にくるはずで、その他の動機はあったとしてもずっと下の方の優先順位だ。
ブッシュjrによる2003のイラク侵攻は、イラクによるサウジアラビア侵攻の可能性に対する予防的戦争だったのであろう。
もともとがイラクのクウェート侵攻はサウジアラビア侵攻の途中駅でしかなかった。
その点、ブッシュjrがイラクを叩き潰したことで、イラクによるマッカ、マディーナ奪還に対するpreventive warは大成功だったというのがアメリカの理解なのであろう。サウジはアメリカにとって地政学上特別に重要な位置にあり、いずれイラクがサウジに侵攻するのは避けがたいという理解があったわけだ。その前に叩き潰す方が被害は少ないということだ。サウジをとられるとスエズ運河も支配される。

しかしアメリカがイラクから撤兵した2011あたりから、シリアのアサド政権がクルド人の大虐殺を再開し、すでに20-30万人のlクルド人の自国民を情け容赦なく虐殺している。
その混乱に乗じて生まれたのがISISだ。シリアのアサドによる大虐殺に対して国際社会は観て見ぬふりをしてきたのが現実だ。
シナによるウイグルの大虐殺も今行われているが全く報道されていないのと同じである。
シリアにはロシア、シナ、北朝鮮、サウジからの支援があり、泥沼と化しているようだ。利害が交錯していてどこも介入ができない状況となっているわけだ。

オスマントルコの崩壊いらい、イスラーム世界は国民国家として英仏のサイクスピコ密約通りに分割され、1922からほぼ100年植民地支配されてきたわけだが、その植民地支配秩序がそろそろ本格的に崩壊しつつある状況とみられる。そういった偽りの秩序が永続するわけもない。
その点、やはりISISは台風の目になる可能性がある。
宗教とかイデオロギー分析も大事だが、やはり客観的にパワーバランスに注目しないとアメリカの軍事行動の意味も見誤る。



posted by libertarian at 15:24| 東京 ☁| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

Kingdom

キングダムが面白い。
この1週間で36巻まで読んだが、息もつかせぬ面白さ。
最近の漫画は、プロットが実に緻密だが、この原泰久氏のキングダムのストーリーの巧みさは天才的だ。
この漫画をなんで知ったかというと、あの中田考氏が面白いと絶賛していたからである。
全く知らなかったがアニメ化もされているようだ。youtubeで第1話の最初のところだけ見たが、どうも絵に力がない。
秦の始皇帝の話だが、まだまだ続きそうで長く楽しめそうだ。既に10年くらい続いているようだが、もう10年くらいしないと終わらないのではないか。w

組織戦闘がリアルに描かれている。つまり5人が基本単位の組となり、それが集まって10人、100人といった戦闘単位を作り、さらに数千、数万の軍隊を形成するということが描かれていて、将軍や大将軍の意味、価値というのがよくわかる。
この時代にそんな詳細な記録は残っていないのではないかと思うが、逆算すれば、そういった組織は不可欠だったと思われる。

この漫画はおそらく、リドリースコットの傑作「Kingdom of Heaven」に影響されているだろう。
スコットの映画では私が一番好きな映画だ。


posted by libertarian at 18:24| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

ISLAM borderless world

イスラムに関する本を何冊か読んだが、中田考氏の著書が興味深かった。
中東の近現代史も、イスラム教も何も知らなかったので、中東情勢の意味は全く持って不可解であったが、すこしずつ見えてきたこともある。
イスラームについては、中田氏の「イスラーム 生と死と聖戦」が分かりやすい。
今の中東の国境線は、第一次大戦後にイギリス、フランス、イタリアが人為的に引いた線だが、植民地主義の結果として国民国家が作られ、イスラムが分断統治されてきた。
それまでイスラームは一人のカリフによって統治されてきた。これは人による支配ではなく、イスラム法、シャリーアに基づく自然法による統治であった。カリフとはイスラム法の支配の象徴的な存在である。だからこれは独裁制とは全く意味が違う。
イスラームは、本来ボーダーレスな世界であり、国民国家とは対立する。カリフが否定されたことで、イスラームが分断されてきた。
そこで、中田氏は極東の島国でカリフの再興を図っている。

シーア派とスンナ派の対立も、実は最近のものでシリアのアサドが、シーア派であり、シリア紛争でスンナ派の虐殺をしてきた。
アサド政権を支持してきたのが、社会主義圏のロシア、シナ、北朝鮮であり、シーア派国のイランであった。
シリア紛争が、宗派戦争を形成したそうだ。
そし、そのシリア紛争の中からISISのようなスンナ派の国家が台頭をしてきた。

面白いと思うのは、イスラームがリバタリアン的なビジョンと重なる点である。人定法でなく自然法による統治、ボーダーレスな世界といったものがそれだ。イスラム教徒は世界に16億人いる。しかしカリフが今のところいないままだ。
ISISのバクダッディはカリフを自称しているが、それはまだイスラム教徒から認められた存在ではない。
欧米からすればイスラームの結集こそが脅威であるし、今の国民国家として分断されたイスラム諸国の既得権層も同様にカリフ制に脅威を感じている。だがイスラームにとって、カリフは必要不可欠な存在であるとする中田氏はアメリカから危険人物としてマークされているらしい。w

歴史を学ぶとキリスト教というのは、悪逆非道の限りを尽くしてきたことがわかる。イスラムが侵略をしてきたわけではない。
キリスト教は恐るべきカルト教団だというのが、前々からの私の印象だ。
ヨーロッパの教会などを見ても、権威主義の塊で嫌悪感を感じるほどだ。
キリスト教は新約聖書の中にも、キリスト本人の言葉というのはほとんど残っていないことが分かっているそうだ。キリスト教はキリストに帰依するものなのにキリストの言葉が保存されてこなかったというのは象徴的だ。キリスト教は宗教というより政治的なカルト組織だったのだろう。
イスラムはその点、アッラーに対する帰依しかないから政治権力とは結びつきようがない。だから教会も特権階級としての司祭もなにもない。

自分が世界を見る上で、イスラム諸国は全くなにもわからない真空地帯であったが、やはりイスラム教そのものをある程度どういうものか知らないとこの世界はなにも見えてこない。国民国家という植民地主義の装置を見るのでなく、イスラームをみないと何もわからないわけだ。

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posted by libertarian at 15:27| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする