2015年04月28日

Somaliland

ソマリアの”謎の独立国家ソマリランド”についての、高野秀行氏の本を読んだ。
この本はいろいろな賞を受賞したようだが、非常に興味深い本で面白い。

アフリカの角に位置するソマリアは、リドリースコットの映画「ブラックホークダウン」で描かれたくらいで、それ以上のイメージはなかったが、この本を読んで、驚くべきリバタリアンな社会だということがわかった。w

高野氏のアプローチは学術的な側面と、国家や民主主義の在り方に対する根本的な問題意識があるところが、単なる冒険家というより、かなりインテリなものだ。この本自体、いわゆるノンフィクションの枠を超えた意味をもっている。

ソマリアは、紅海沿岸の北部の自称独立国ソマリランドと、海賊業をやっているこれまた自称独立国のプントランドの中部、南部のモガディシュというソマリアの首都のあるいわゆる国連公認のソマリアから成っている。
この3つの地域に高野氏は足を運び、その実態をルポルタージュしている。

基本的にソマリアは、イスラームの国でイスラム法があるが、外部からは簡単に見えない下部構造として強固な氏族社会だということがある。
氏族社会の構造の上に、イスラームが乗っかっている構造だ。この氏族社会(Clan)の構造は非常に複雑なのだが、高野氏はその構造をかなり詳しく解き明かしているのがさすがである。

イスラームも、中田考氏が言うとおり、1500年も続いたある種の自然法と呼ぶべきものかもしれないが、さらに氏族社会の構造にある自然法というものがある。
この本を読む限り、イスラム法よりも、この遊牧民の氏族社会構造からくる法の方が、ソマリアにおける実効性のある法のようである。
ソマリア人は契約の民で、その法的思考は驚くほど深いことがうかがえる。

日本人は、正直なところ中東やアフリカの人間に対しては少し優越感のようなものをひそかに持っていて、中東やアフリカ世界の人間の知性というものにあまり興味もないし、敬意も正直持っていないだろうが、それが西欧中心の世界観に洗脳された悪いところといえよう。
ソマリア人の法意識と、自然法的思考というのは、日本人より勝っていると認めざるをえないというのが感想だ。

例えば、ディアという仕組みがあり、殺人などがあるとその賠償としてラクダ100頭、金銭にして200-300万円が賠償として払われる。
もちろん、殺人を犯した人間が払えるはずもない額だが、これは氏族のメンバー全体の共同負担で払われる。
基本がイスラーム法なので、被害者は金銭的補償でなく、目には目をの制裁を望むこともできるが、それは血の報復の連鎖を招くので、このような仕組みで解決されているらしい。

もともとが社会というのは、このような下部構造が積み重なってできたもので、下部構造にある法の集積が自然法になる。
そして、下部構造が積み重なってより大きな社会になるが、そこに国家という外枠は存在しないわけだ。
西欧の今の国家定義はトップダウンな外枠を定める仕組みであるというのが問題なのであろう。それをまた、西欧人が上から目線と差別意識から、無責任に何も考えずに、ディープな氏族社会に押し付けようとするから、社会がめちゃくちゃになるというのがパターンである。

国連に認められたソマリアはまさにそうで、ここは社会はめちゃくちゃで危険。というか、戦争のようなトラブルそのものが産業という危険地帯となっている。つまりウォーロードと、イスラム過激派アルシャバーブが闊歩する紛争地帯だ。
だが、首都のある都市国家であり、トラブルが金になるので、戦争が絶えることがない。
一方の国連に認められていないソマリランドは、平和で驚くほどに民主的な社会となっており、ソマリアとの差は天と地のさがある。
ソマリランドでは、自然法が生きている社会のように見える。

この3つの国の対比が、鮮烈に描かれており西欧の介入したソマリアの混乱と、自然法による驚異的な民主主義と平和のあるソマリランドの対比が面白い。ここら辺の事情は、植民地支配の歴史的な経緯もからんでいる。

この中間にあるプントランドはいわゆる海賊国家で、海賊業がプントランドの自称政府による最大のビジネスらしい。
この紅海での海賊家業の話も興味深い。映画で「キャプテン フィリップス」というソマリアの海賊に人質になった実話をもとにした映画があるが、映画と海賊の実体はやはり違うようだ。
海賊が船を襲う最大の目的は、船荷であって、人質ではないらしい。船主も保険に応じるのは、船荷の価値が高い場合で、全てがお金、ビジネスライクに進められる。実際、人質に危害が加えられることはないそうだ。人質はほんのおまけのようなものらしい。
石油タンカーが積荷の価値が最大の獲物だが、大した価値のない日用品が船荷だと骨折り損になることもあるようだ。
この海賊にしても、彼らなりの法意識の下に動いている。

ハイエクは、自然法を西欧社会の中に見つけようとして、イギリスのコモンロー、初期ローマ法など民法の系譜にそれを見出そうとしたが、イスラーム社会では、自然法は割と容易に見いだせるようだ。
社会制度が法に先立つという観点では、西欧的な押し付け民主主義体制が即席で便利だったということにすぎないわけだ。
しかしむしろ、法が社会制度に先立つという考えが正しい。

この本は翻訳して欧米人、特にアメリカ人にも読ませたらいいのではないだろうか。

posted by libertarian at 15:47| 東京 ☀| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月27日

Free trade and the sixth mass extinction

トルコがEUに加入できないのは、EUに入ると人の出入りが自由になるからだろう。
EUはイスラームというかムスリムがこれ以上、自分らの国に入って来てほしくないと思っているわけだ。
実際、イスラームがヨーロッパに融合することはイスラームである限り無理であろうから、それもやむをえないことなのかもしれない。
そもそも、自由貿易は、物資の輸出入に税をかけないで自由に行うことが理想であるが、人間は自由貿易の物資に含まれるものなのかは疑問である。
日本であっても、シナや朝鮮からあまり人が自由に入ってきたら、かなり社会的な不安定さは増すだろう。
ビザのようなもので、退出を強制できればそれほど問題はないのかもしれないが、素直に出て行ってくれないのが移民というものである。
ここで問題とすべきは、人間の移動の自由と、自由貿易の関係である。

ところで、現代は第6の大絶滅期に相当するらしい。過去に地球において種の大絶滅が5回起こっているが、それと今の絶滅速度と量は比較にならないものらしい。数千倍、数万倍の速度で種の絶滅がおこっている。
これは、もちろん温暖化が原因ではなく、貿易が盛んになったことで、それにくっついて移動した動植物によって生態が変化しているためらしい。西洋のカエルが南米にいって、南米のカエルが淘汰されているといったようなことが原因だ。
こうなると、自由貿易の負の面をみるような気はする。

posted by libertarian at 21:20| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月19日

Crossborder

世界の約4人に一人はムスリムで、約4人に一人はキリスト教徒。つまり一神教徒は約二人に一人の割でいるということになる。
イスラームは、ユダヤ教、キリスト教などを兄弟宗教とみているから、一神教徒とそれ以外という分け方になるだろう。
ほとんどの日本人は無宗教で、神について考えたこともないから、そもそも一神教などという迷妄をなんでまともな大人が信じられるのか不思議に思うわけである。
普通の日本人は、そんなものを信じる連中は、オカルトを信じる人間と変わらない危ない奴らと思うのではないか。

自分は世界に真理はあると思っているが、真理と神という概念とは結びつかない。
逆に一神教を信じる人間が神を真理と結びつけているようにも見えない。
イスラームは、実体のない概念、記号を偶像崇拝だとして避けるそうだが、アッラーという言葉にどういう実体をみているのか疑問だ。

中田考氏の本を読むと、カリフ制再興はイスラーム法上の義務だと考えているわけだが、これは中田氏のオリジナルというわけではなく、ジハード団の革命のジハード論を受け継ぐものらしい。
イスラーム法上、立法はアッラーの大権であり、これを国家法という人定法で置き換えることは、イスラームの教えをゆがめるという主張が第一にある。世俗化という政教分離はイスラーム法上、決して容認できない大罪と考えている。
そもそも人定法は、領域国民国家という植民地主義の装置からくるものであり、国民国家などは最近の制度にすぎず、なんの必然性もないものだという認識がある。
イスラームはもともとが、唯一のアッラー、一人のムハンマド、一つのクルアーン、一つのイスラーム共同体であるから、国民国家という制度、ボーダーをなくす必要があるといった革命のジハード論に行きつくわけだ。
だから、ムスリム同胞団のような中途半端な現実主義を嫌う。
一国の革命ではなく、アラブに張り巡らされた国境をなくさないといかんというわけだ。

しかし、中田氏の考えは宗教の信者としては純粋だが、結構、素朴に左翼っぽいと感じる。中田氏のいうところのグローバリズムも、典型的に左翼的な把握で、私にいわせれば、それはまさに実体のない概念、つまり偶像としか見えない。
さらにイスラームは実体のない概念をさけるがゆえに、紙幣という記号、偶像を嫌い、金という実体のあるものを重んじるようだが、金というのもやはり偶像、記号でしかないというのが事実だ。

トルコのケマル アタチュルクの世俗化主義は、最近では衰えつつあり、その代わりにイスラーム主義が台頭してきているらしい。
ケマルという無敗の大将軍が、世俗化主義に舵をきろうとしたのは、多分に軍事的な理由であろう。つまり、イスラームでは欧米に勝てないし、それに固執すれば、みじめな植民地的敗北状態になるのは避けられないといった軍事的リアリズムに基づく洞察からだろう。
イスラーム圏では、軍部が反イスラームの傾向があるが、これは、彼らの職業的判断からの必然的結論なのだろう。

この点は、日本が明治維新で旧い幕藩体制を破壊し、脱亜入欧を目指したのと同じような決意があった。
しかし、トルコはそこらのヨーロッパの国より経済は遥に良いが、イスラームという差別的理由で、EU参加を拒否されてきている。
ここら辺から、結局、イスラームの脱亜入欧は無理なのだということを国民が認識しだしたようだ。

オザル政権になると、ケマリズムを弱め、イスラーム主義への転換が図られるようになり、エルドアン政権ではさらに反ケマリズム的な方向になっていった。
カプランは、ケマルパシャが旧体制との連続性を断ち切るために、首都をイスタンブールから内陸のアンカラに移したことが、かえってイスラーム濃度の高いアナトリアの土地へ移る結果になったと見ているようだ。

とはいえ、別にEUに参加することはそんなにいいこととも思えない。大事なのはEUではなく、自由貿易体制だ。
トルコは世俗化を進める中で、経済的に発展し、ヨーロッパコンプレックスのようなものが薄らいで行っているのだろう。
これも、日本と同じような過程を通っているようにみえる。
むしろ、自分たちのアイデンティティーを大事にしようという気持ちになってきているのは、軍事的敗北の痛手から、経済的発展によって立ち直ったからだと思う。




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2015年04月14日

Secularization

イスラームの歴史は長くて複雑であるが、最も重要な年を3つあげよといわれれば、おそらく、622年、1517年、1917年となるだろう。
622年は、マジーナ遷都のヘジュラの年でイスラム元年。1517年はオスマン帝国がイスラームを支配した年。1917年は第1次大戦の終了と共にオスマン帝国が解体された年だ。
1517年、オスマンに支配されたことでイスラームは栄光のサラセン帝国の時代から没落の時代に入ると捉えられているそうだ。
一方の1517年、ヨーロッパでは宗教改革がおこる。ルネサンスから宗教改革、航海時代を経て、啓蒙主義の時代となり、ヨーロッパは発展する。
キリスト教ももともとは利子を禁止するような宗教だったが、宗教改革を経て、世俗化する。
世俗化とは、宗教と政治の分離といったものである。政治の領域が宗教から独立するといったことだろう。

アメリカはジョンロックのイギリスの啓蒙主義の流れを汲んで、プロテスタントたちが作った国である。
キリスト教は聖の部分として、政治という俗の部分とは切り離された土台があった。
そのうえで、成文憲法によるconstitutionalismによって、宗教と政治の分離を長期的に固定化した。
これによってかえって、アメリカでは宗教活動が盛んになったように思える。
様々なキリスト教宗派がなぜか喧嘩もしないで活動している。
しかし近年では、宗教票が逆に政治に大きな影響を与えつつある。

一方のイスラームは、1917年以降、トルコなどが必死になってイスラムを世俗化しようとしたが果たせなかった。
中東ではわざわざ働いて産業を起こさなくとも、幸か不幸か膨大な石油が発見され、物凄く豊かになった。一部の人だけスーパーリッチになったという面はあるだろうが、それでも石油がないよりは明らかに社会全体としても豊かになったことは間違いない。
もともと遊牧民であるから、勤労を貴ぶ風習は0だ。まさに石油はアラーの賜物というわけであろう。
ところでインドネシアにしても、石油産出地帯にムスリムが多いように見えるのはなぜだろう。アラーの賜物か。w

結果的に、イスラームはキリスト教ほどに世俗化しないでも、社会全体としては豊かになることができたわけである。
考えてみれば、石油なんてものが膨大な富になったのも、キリスト教が世俗化して技術進歩し、産業が発達したおかげで石油というものに需要が生まれたからである。
こうしてみると、別にアラブは何も問題がなさそうに思えるが、宗教的な紛争の火種が尽きることのない地帯である。
その理由としては、イスラームの原理に関わる問題がくすぶっているからと考えられるわけだが、本当は単なる権力闘争なのかもしれない。
イスラームはキリスト教と違ってあまり世俗化はしないかもしれないが、イスラームの原理的に考えれば今の状態でも十分に逸脱した状態にあると考えるようだ。だが、これを逸脱していると考える人は、イスラーム学者など一部のインテリだけだろう。中田考さんなんかもその一人だろう。
もし石油がなかったとしたら、イスラームは経済発展しないどころか、世界の最貧国地帯になっていたのではないかと思う。
実際、石油のでないアフガニスタンなどのイスラム圏は最貧国になっている。
もし、その状態で経済発展しようとしたら、トルコが目指したようにイスラームを世俗化しなければならないだろう。
しかし、トルコ以外のアラブでは石油のおかげでその必要がなかった。
ちなみにトルコは、残念ながら石油がほとんど出なかった。しかし、地の利を生かして水力発電大国だ。



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2015年04月10日

Corner state and Othelo

地政学なるものがあるが、私はこれはオセロで考えた方がよいと思うにいたった。
地政学の本を読んでも、株の秘伝書みたいに曖昧で意味不明である。w

オセロは4隅をとるのが合理的な作戦だが、地理上で、この四隅に相当する国家が何かだ。
これはまず、イギリス、日本、アメリカといった島国家が相当する。四隅にある国家は地理的、オセロ的に圧倒的に有利なのである。
オーストラリアも島国家だが、他国と地理的に遠すぎるので無視できる。すくなくとも今までは。

中東は、トルコがオスマン帝国として長らく支配していた。そしてトルコはカプランが指摘しているように、地理的には島国家に相当するのである。
トルコは地中海と黒海に囲まれ、さらに中東とは山脈で隔てられていて、地理的には島国家的な条件にある。つまりトルコは中東における四隅に相当する位置にあるのである。それがためにトルコは中東を支配する地理的条件を持っていた。
ヨーロッパ半島をみるとスペイン、ポルトガルも四隅にありそうだ。しかし、ここは北アフリカつながりでイスラムに長らく支配された。だから一見、隅にあるが実は地理的、地政学的な隅の条件にはなかったのかもしれない。
海で仕切られているようでもジブラルタル海峡はあまりに狭すぎたわけだ。
それでも、スペインは一度は世界を制した。この前にイスラムの支配から抜けコーナー国家になったからである。

オセロにおいては、隅をとるのが大事で、内側はあまり重要でない。広大なハートランドは重要ではないのである。
もっとも四隅とっても、コマの数でまけたら意味ないが。
実際に、近代において世界を制したのはイギリスであり、アメリカというコーナー国家、コーナーになる島国家である。


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Korea Peninsula and Othelo game

朝鮮は、もともと1つだったのが、冷戦の結果、南北に不幸にも分かれたという見方が一般的なのだろうか。
朝鮮の歴史はほとんど知らないが、朝鮮半島は、シナの柵包体制で支配されたことで一緒くたになっていただけで、その昔は新羅や高句麗だといろいろあったようだ。
言語的には、北と南で同じなのかもしれないが、朝鮮半島は、北と南に分かれているのが本当の姿なのかもしれない。

日本から見れば、海をへだててすぐ隣国の南朝鮮が直接の敵対国家となる。そこで南朝鮮に対抗するには、北朝鮮と組んで挟み撃ちするのが合理的だ。
一方、南から見れば、北に対抗するためにシナと組んで北を挟み込むのが合理的のように見える。
しかし、シナと組んで北を滅ぼせば、今度がシナが隣国となり直接の敵国となるので北は緩衝地帯として残しておいた方がいいわけだ。
国と国の同盟関係は考えられるが、オセロ同様、下手に駒をひっくり返したら危険だ。
今ある多くの国は緩衝地帯として残されたもので、弱小なくせになかなか消滅しない。
北朝鮮がなかなかなくならないのも、それが緩衝国家だからであろう。

日本はオセロの端に位置するから圧倒的に有利な位置にある。

posted by libertarian at 02:33| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Security

戦争とは、セキュリティの1局面に過ぎない。
つまり、セキュリティが問題の本質で、戦争はその1局面に過ぎないということである。
国家というシステムは、コンピューターシステムと同様に、セキュリティシステムが常に動いていないといけない。そして、セキュリティを完全に突破されるとシステムが破壊される。人体であっても普段は意識してないが免疫システムという高度なセキュリティシステムが常に働いていて、それが突破されると病気になる。病気になると、体の中で菌やらウイルスとの全面戦争状態になっているわけだ。

これは哺乳類のような複雑な多細胞生物でなくても、菌やウイルスでもセキュリティシステムはある。
戦争と平和は、The war and peaceであって、The war and the peaceじゃないと大学の頃に授業で聞いたが、戦争と平和で一対となっている、もしくは一環のもので、対立概念ではないということだ。
これも、セキュリティ1元論で考えれば分かる。
セキュリティ体制がうまく機能している状態が平常の平和状態だ。
これが突破されると戦争、warfareとなる。

国家とは、本来、集団的自衛のために組織されたものなので、国家の本質とはセキュリティシステムである。
国家とは、福祉や産業政策をするための経済的な単位ではもともとない。
セキュリティの柱となるのが、軍隊であり、外交部門であり、諜報部門である。これは昔も今もそのままだ。サイバー空間やら宇宙空間のように領域が広がっているだけだ。
日本の場合は、軍隊云々以前に広義のセキュリティ体制が脆弱もしくは存在しないのが大問題だ。属国といわれる所以である。

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HOMELAND

TVドラマシリーズのHomelandが面白い。
24のスタッフが作ったそうだが、24よりもかなり大人な作品になっている。
使われているジャズも非常によい。

24では、テロリスト=インディアンといった扱いだったが、Homelandではイスラームの側からも問題を捉える視点があるのが、2001年から12年以上も経って、アメリカも少し落ち着いてきたということなのだろう。24が作られた時には、決して許されなかっただろう視点である。主人公の元海兵隊員がムスリムという設定もなかなかだ。単純な善悪の対立という現代版の西部劇ではなくなっている。
もっとも初めの方の24のシリーズは、テロとの戦いという国威発揚ドラマだったのが、だんだんに懐疑的な色調を帯びてきてはいた。

しかし、アメリカのテロとの戦いが実は、現代版の宗教戦争、十字軍というのは事実のように思われる。
自分のアメリカのイメージはカリフォルニアであり、ニューヨークだったが、実際のアメリカは中世ヨーロッパ並みの宗教国家、キリスト教国家である。一方のヨーロッパではキリスト教は衰退基調にある。
我々日本人が中東を全く理解できないのは、イスラームを全く知らないからであり、アメリカなら少し分かっているように思っていて、実は何も分かっていないのはキリスト教に対しても無知だからなのだろう。
日本の神道がどうのこうのいっても、あれは宗教とはいえないし、仏教も葬式仏教だから、日本は事実上、完全なる無神論国家に近い。
日本の八百万の神様というのは、イスラーム的にはこれは多神教ではなく、精霊、ジンに近いイメージだそうだ。

イスラーム法が国家法に優越するのは、イスラームの原理からくる必然だ。
一方のキリスト教の場合、キリスト法というのがなく、宗教法と国家法との争いがない。キリスト教は世俗宗教であるがゆえに、宗教と全く別の国家法という法体系が成立可能だったのであろうか。政教分離といってもキリスト教の場合、法レベルの争いはなく、政治的な主導権争いのようにみえる。

国家法と宗教が別のものとして並立しているのがアメリカ社会だ。
アメリカという祖国、homelandへの帰依と、キリスト教への帰依が同時にあるように見える。
イスラームの場合、国家法がイスラーム法に優越することは原則ないため、国民国家やら国家法というものが成立しない。
イスラームには本当の国家はないが、かなり濃いイスラーム社会がある。
そして、イスラームでは国民国家という近代的な軍事体制国家が成立しなかったために、欧米のキリスト教圏の国民国家によって近代になって軍事的に敗北したという見方もできるのではなかろうか。

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2015年04月04日

Amazon Vs Yodobashi

今までネットで買い物するのはもっぱらアマゾンであったが、ヨドバシ.comが非常に充実していることに遅まきながら気付いた。
特に本の充実ぶりが半端でない。おまけに、新本が全て3%のポイント還元だ。
送料もアマゾン同様に無料。
ヨドバシといえば、家電ばかりかと思っていたが、いつのまに本をこれほどに扱うようになったのか?
専門書の品揃えでは、アマゾンよりも充実している部分もかなりある。
これからは、アマゾンよりもヨドバシ.comを使うようにしようと思う。

とはいえ、アマゾンより本は安く、家電製品はアマゾンの方が安い傾向があるような妙な逆転現象があるので、買う前には比較した方がいい。
posted by libertarian at 23:02| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

Drone

F35を日本は次期戦闘機として購入するらしいが、めちゃくちゃ高価で開発も遅れているらしい。
そうこうしている内に、無人機が主流になりそうだ。
すでにアメリカは無人機がアフガンでも主流になりつつあるようで、おまけにこれを使っているのがCIAらしい。
CIAはもはやアメリカの5番目の軍隊になっているそうだ。
無人機は、戦闘機に比べて多くのメリットがある。

パイロットの命が犠牲になることがない。
パイロットが捕虜になって機密がもれることもない。
パイロット養成のコストがかからない。
人間が乗らないから、その分、小型軽量で、はるかに安価に作れる。
小型軽量であるから、航続時間が長い。
など。

一方、デメリットは、あまりなさそうだ。

空軍は自分らの職域を侵されるから無人機に否定的だが、陸軍、海軍は無人機導入に積極的だそうだ。
今までの肉弾戦的な戦争から、今後はテレビゲーム的な戦闘になっていくのであろう。
そのうち、オペレーターがなくても勝手に動く、人工知能型の無人機になっていくに違いない。
テクノロジーによって、戦闘の形態が急速に変わっていく。
日本も今後この分野に参入するとよいと思う。

旅客機にしても、ほんとはドローン化した方がよい。パイロットは緊急事態用に一人必要だろうが、オートパイロットだけで飛ばすこともできる。これもパイロットの組合が反対しているからできないが、こないだの事故のようなものは防げる。

posted by libertarian at 18:11| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

Map,Geography,and Guide book

最近は、グーグルマップやグーグルアースのような恐ろしく便利なものがあるので、分からない地名がどこにあるのか一瞬にチェックできる。
カプランの本を読んだ際は、分からん地名が沢山出てくるので頻繁にマップでチェックしていたが、ついつい周辺もいろいろ見てしまい、読み進むのが遅れた。しかし、これはこれで充実した本の読み方といえよう。分からん地名の話を聞いても、地名がどこにあって、どんなところかもわからなければ、読んでも全く意味がないのである。
さらにグーグルアースに切り替えれば、臨場感のある3D表示もできるから、なんとも凄い世の中になったものである。
しかし、グーグルアースの画像は、凄みがあるというのかあの海の青さも非常に不気味である。

だが、グーグルマップやグーグルアースがいかに凄くても、それだけでは情報として不足している。
私が”地理”を知るうえで重宝しているのは、あの悪名高き、地球の歩き方シリーズだ。旅行ガイドではあるが、地理やその場の土地感覚、距離感覚を知る上で非常によくできた本である。国ごとのこれほど詳細な資料は他にはない。まあ悪名をはせたのも今は昔のことで、最近のは無難に仕上がっているようだ。

地図の詳細さは大事だが、反面、地図が詳細だと人間はそれを認識しにくくなる。世界地図をみても、あまりに複雑で、普通は、それを認識できない。ここで大事になるのが、複雑なものを抽象化し、単純化するという知的作業になる。
こうやって地理を認識、もとい地図を認識するようにすれば、地図が頭の中で概念化される。
昔の測量術が未発達であったころの世界地図などは、概念で書かれているから、稚拙ながら認識しやすい。
このように詳細な地図を単純化、概念化するのである。

また地図やグーグルマップやグーグルアースでは山や山脈が誇張されすぎている。
地球の直径が12700Kmだから、エベレストであっても、約1/1300の凸でしかない。
これは、1mに対し1mm以下の凸凹だから、ほとんど誤差みたいなもので、地球は実際は、ほとんど凸凹のないつるつるの球体なのである。




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2015年04月01日

LibertariBanism@Japan

本ブログもかれこれ10年以上続けている。
誰が読んでいるのか知らないが、割とコンスタントにアクセスがあるようだ。
しかし、少々飽きてきたので、イスラームを来るべきリバタリアニズム社会と考え、サイト名を改名することにした。

新しいサイトは、次の通りにする予定である。乞うご期待。

LibertariBanism@Japan


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