2015年06月30日

Nationalism and University

教育が問題だと思うのは、今の自衛権の問題や財政の問題に関する話を見るにつけ、あまりにも低レベルだと思うからだ。まともな大人の議論とはとてもいえない。
この元を辿れば教育の問題に行き着く。
教育機関が左翼に簒奪された状況では、まじめな子供ほど左巻きな発想を持つようになる。
このような左翼思想教育が行われている結果、人々のオツムの中身が左巻きがデフォルトとなり、必然的に社会的な議論も低レベルなものになるわけだ。この問題は結構深刻だと思う。
結果、おぞましい程に低レベルな話が延々と繰り返される。

私が思うに右と左の区別ができている人間は日本にはほとんどいない。右翼だ左翼だというが、日本にはそんなものはない。総左巻きという状況では右も左である。
いろんな人間が本を書いているが、私が知る限り、日本で右と左の区別ができている人間は数人程度だ。10人はいない。
特に新自由主義うんぬんという言葉を使う連中は、まず右と左の区別が全くできていない人間だ。
このように日本で社会的な議論が猛烈に低レベルになっているのは、マスゴミがそのような話を拡声器でがなりたてるからという面はあるだろうが、国会議員のレベルというのはその国の社会レベルを反映しているだろう。
アメリカの論壇を見るとやはり日本よりかなりレベルが上だ。比較にならないといっていい。

今まで散々、でたらめなことを言ってきた自称経済学者の大学教員連中も未だになんの反省もしない。
彼らは現実にコミットする責任感も意識すらもないただのガキにすぎない。学校秀才の成れの果てという情けない連中だ。大学を辞めるくらいの気概があればいいが、それすらもない。
今は大学の文系への予算を減らそうとしているようだが、それが当然だ。少なくとも国公立大学の文系学部は廃止すればいい。私学で文系学部があるのはいいだろうが。

教育という言葉そのものが、まちがった思想、言葉なのだろう。
例えば、正しい知識が必要というのは正しい。なんらかの技能が有益というのも正しい。
専門家には専門知識が必要というのも正しい。
しかし、こういったことと、教育が必要というのは別のことである。教育とは制度のことである。
制度は手段にすぎないわけで、必要なのは教育(制度)ではない。

有害な権威主義で固められた大学なる制度は、19世紀的国家主義の象徴にすぎない。
国家主義と中央集権制度からくるエリート主義がもととなり、その制度的一貫として大学という制度が作られた。時代的な合理性は当時はあった。だが、もはやそういう時代は実質的に終わっている。
しかし終わった制度とはいえ、制度そのものは、銀塩カメラのフィルムよりは長生きするかもしれない。
posted by libertarian at 00:53| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月28日

BlueTooth devices

最近、ブルートゥース関係の周辺機器を色々と買った。
キーボードやマウスやスピーカーといったガジェットだが、2000−3000円で結構いいものが手に入る時代になった。
しかし、ブルートゥースはやはり接続が安定しない。自分はコンピューターをスリープすることが多いが、スリープして復帰しても再認識しないことが多い。原因はよくわからんが、周辺機器の接続トラブルはとても煩わしい。
この問題がクリアできないとブルートゥース機器は安心して使えない。

こうなるとメインな用途はやはりモバイルとなろう。
基本的には有線式が確実で据え置きのPCでは有線式を使うに限る。
スピーカーもブルートゥースの規格が上がって、音質は良くなっているようだ。だが、これまた接続が安定しないから、USB接続で使っている。
風呂場で使う防水型のブルートゥーススピーカーも買ってみた。音質はよくないが、ラジオでニュースとか聞く分には問題ない。さすがに、PCを風呂場に持ち込むのはリスクが高いから、これがブルートゥースなのは合理的と思われる。
といいつつ、iPad mini2を風呂場で使うべく、専用の防水ジャケットも買った。
風呂場でラジオや音楽を聞きながら、キンドルで本を読んだり、詰将棋を解いたりするのもおつなものである。
あまり長風呂ができないたちであったが、これだとかなり風呂に長いこと浸かっていられる。それがいいことなのかどうかわからないが。

キーボードもマックのような浅いストロークのに慣れると、ストロークの深いキーボードは使いにくくなる。
指を滑らして使う感じになるので、ストロークの深いキーボードでは指が引っかかる。
私が買って割と気に入ったのがAnkerのやつだ。2000円もしないが、マックのキーボードライクな感じで軽くて、キーの感触も悪くない。キーピッチは18mmくらいはあるからちょうど良い。あと、この手のキーボードは、充電池と合体させるのがいいだろう。キーボードは重さがあったほうが安定感がよくなり使い心地もよくなる。単なるキーボードより充電池の機能もあったほうがモバイル用途では好都合だ。10000Amhくらいの充電池を入れれば、かなり重量もましてナイスだろう。w

Wintabについていたやつもまあまあではあるが、あまり本格的に使う気にはなれない。モバイル用途と割りきって使うものだろう。だからプログラミングをWintabでする場合は、Ankerのものを使うのがストレスがない。
とはいえ、キーの配列がずれる。これをWindowsに正しく認識させる方法があるのかどうか知らないが、面倒なのでキーの上に鉛筆で正しい記号を書いて使っている。だが、しかし|記号が使えないのはプログラムをするときには困る。どうもこの記号(|)が存在しないようなのだ。

#しかし、やはり気になるのでググってUSキーボードへの変更方法を調べた。なんとregeditを使わないといけないという。うまく行ったが、windowsは全然進歩してないな。たかがキーボードの変更にregistryをいじらないといけないというのはどういうことだ?

今日も一日プログラムをしていたが、プログラムは頭の体操にはいい。
苦労して作ったものがうまく動くとなかなかに気分がよろしい。(自分にとって)難しい数学の問題や詰将棋を解けた時と同じような爽快感がある。
posted by libertarian at 22:02| 東京 ☁| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月27日

Multi Function Mouse

ロジクールのゲーミングマウス(G300S)を買った。今までマウスは有線式のシンプルなものを使っていたが、このゲーミングマウスは大変に便利だ。今まで使っていなかったのが損したくらいの感じである。これは存在を知らないものは使わないという良い例だ。もっとも、マウスはもっと多ボタン化するべきだとはずっと以前から思っていた。

ゲーミングマウスは、ゲーム用のマウスとはいえ、別にゲームに限らずなんにでも使える。
ボタンが基本の左右、スクロールボタン以外に6つもあり、それにアプリごとに機能を割り振ることができる。
基本的にテキスト入力以外は、キーボードを触らずともマウスだけでほぼ操作は完結する。
Light roomやPhotoshopのような画像処理ソフトを使うときにも非常に威力を発揮する。
マウスとしての基本性能も高い。

アプリごとにモードを3つもつことができる。
ほぼ、なんでもござれという拡張性の高さだ。
さらに、マウスの中にメモリがあり、設定をマウスの中に保持することができる。
つないだパソコンに設定が固定されない使い方ができるようになっている。

これをゲーミングマウスとして売っているのが、このマウスの本来の価値を低めているようにも思う。
私のようにゲームを全くやらない人間はそのネーミングでスルーしてしまうこともあろう。
Multi Function Mouseとして売ればいいと思う。
posted by libertarian at 17:43| 東京 ☁| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月26日

How to live

政府による教育の簒奪が、今の日本の最大の問題かもしれない。
今の教育システムは社会の進歩を抑制し、人々の自由を強制的に抑圧しているのは間違いがない。
それは全て政府が教育システムの根幹を管理しているからだ。
今はますます政府による教育支配が進んでいる。
まあ、これは欧米でも似たり寄ったりではある。
私はこの事態にSF的な管理社会と同じイメージを抱くわけだが、どうもそのように世の中は進んでいる傾向にありそうだ。これは社会主義化の第2段階かもしれない。

人間には何を為すかという選択と、どのように生きるかという選択がある。
教育システムという管理システムに従順であればあるほど、人は貧弱な人生を生きるのは確実であろう。
何を為すかという点では、職業選択の自由のようなものがある。才能があれば芸術家にもなれるし、スポーツ選手にもなれるし、自分の選択したもので何かを為すことができるだろう。
だが、これとどのように生きるかはまた次元を異にする問題である。
どのように生きるかは、2つに一つであり、自由に生きるか他人に支配されて生きるかの2つに一つしかない。
起業家をリスクテイカーと言って、リスクをとる人間とリスクをとらない人間とにわけることがあるが、それは間違いだ。彼らが選択してるのは、自由になるか、奴隷になるかの選択なのである。起業家はリスクをとるというよりも自由を選択する人間といったほうがいい。

教育は何を為すかの、その職業訓練的な意味合いが強いが、同時にどのように生きるかを強制的に決定してしまう。
そこが、教育システムの悪質なところである。犯罪的な点でもある。
もし、政府の管理的な教育システムがなければ、まず最初にくるのはどのように生きるかの選択だろう。
今の日本社会のエリートといわれる人たちは、東大をでて政府官僚になるような連中であろう。
依然としてそれは変わらないだろう。
だが、彼らはどのように生きるかを選択する前に職業を選択してしまった。
ハイリスク・ローリターンな人生を選択してしまった。
もちろん、日本の官僚は世界的にも異常なほどに高給取りであり、社会的な体裁もいいから悪い選択とは一般には思われないわけだが、間違った選択をしたことは間違いない。
人に自由をコントロールされる生き方を選択してしまうことは、奴隷の平安を選ぶだけで、リスクしかなくリターンはほとんどないのである。これは優良企業のサラリーマンになるのも同じ。
職業の選択の前に生き方の選択がなくてはならない。
教育システムでは奴隷の人生の歩み方しか教えないのである。そして教師というシステムに洗脳された奴隷の優等生連中が子どもたちの目を狭くし奴隷への道へ優秀な子どもたちを誘導していくのである。
posted by libertarian at 01:29| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月25日

Keyboard

買ってはいたものの、あまり使っていなかったWindowsTabletを持ちだして、喫茶店で使ってみた。
非常に使いやすい。
タブレットはキーボードが分離式のブルートゥースであるが、長時間使っていてもキーボードが熱くならないのがよい。ノートPCはどうしてもキーボードが暑くなるのが欠点である。

しかし、日本語配列のキーボードはいかがなものか。一番、重要な左の小指の位置に全く使うことのないCAPS lockが依然としてあるのは、どう考えてもおかしい。狂っているとしかいいようがない。
もちろん、自分はxkeymacsのようなアプリで、CAPSをコントロールキーにするなど、キー配列を変更して使うのが決まりであるが、どうもWin8.1には、これが未対応のようでインストールしてない。
キーをカスタマイズできないと、入力作業がかなりつらい。
Macは日本語キーボードでも、ちゃんとコントロールキーがあるべきところにある。

このような酷い配列の日本語キーボードが依然として作られ続けるのであれば、Windowsの方でキーカスタマイズのソフトをデフォルトで入れるべきである。
キーマッピングは、ソフトでWindowsも管理しているのだから、こういったソフトをはじめから入れておくべきである。
そうすれば、xkeymacsをわざわざ入れる必要がないし、まだWin8に未対応だといって、苦労することもない。

同時にキーボードメーカーも、よりスッキリとした合理的な配列の独自規格のキーボードを提供すれば儲かるのではないか。日本語配列のキーボードはあまりにも無駄な使わないキーが多すぎて、狭い空間をさらに狭くしている。



posted by libertarian at 15:13| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月21日

Graph calculator

グラフ計算機という高級なソフトは昔からあるが実際に利用したことはほとんどなかった。
あまり使う機会がないからである。
だが、エクセルで面倒な計算をしている際に、ふとグラフ計算機の存在を思い出し、つかってみたところ、実に便利であった。
この手のソフトではいろんな種類が出ているが、wolfrum alphaを使ってもいい。
解析的に解くことが難しい方程式を扱う際に非常に便利である。
昔はこんなものはなかったし、エクセルもなかったわけだから、根性で解析的に解いていたのだろうが、複雑になると解けるとは限らない。そんな時にグラフ計算機が役立つ。
posted by libertarian at 16:12| 東京 ☔| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

LED and Fluctuation

家の照明をLED照明に取り替えた。
トイレとかは、人感センサー付きの照明にしたが実に具合がよろしい。
電気のつけたり消したりは、結構面倒で消し忘れとかも多いので人感センサーは便利である。
しかしLEDの寿命は数万時間あるそうだが、センサーの寿命はそれよりもずっと短そうだ。そちらの寿命については記述がなにもない。だが、元が安いし、利便性を考えれば問題にはならない。

最近のセンサーは反応が早く、LEDもすぐにぱっと明るくなる。技術の進歩を感じる。
LEDも5−6wで60−100wの明るさだから、大きな省エネ効果がある。消費電力が小さいため、熱を帯びないのも良い点である。
さらに電池式のセンサーライトも各種購入した。電池式とはいえ、LEDのお陰でかなり長くもつので、実用に耐える。
階段などに設置したが、快適だ。昔のフランス映画で美女と野獣というのがあった。この中で、廊下を通ると自動的にランプが灯るシーンがある。あれと同じかんじだ。w
電池も充電式のものにすれば、電池のランニングコストは問題にならない。

住居において、照明装置は重要なものだとあらためて感じる。
以前の電球や蛍光灯は、ちらつきゆらぎがあるから目が疲れるとか言われていて、インバーターでちらつきを抑えるような工夫がされているものもあった。biolightなどはちらつき抑制が謳い文句で、これを買ったりもした。
LEDはこのようなゆらぎはない。だが、光のゆらぎがないのは、逆にLEDの欠点の一つでもある。
コンピューターディスプレイにしても、昔のやつは蛍光灯だったが、今のはLEDだ。
どちらが、目にやさしいかといえば、昔の蛍光灯バックライトのタイプである。だから、ディスプレイはメインのは昔の蛍光灯タイプのやつを大事に使っている。
ディスプレイのLEDの光はシャープだが、長く使うと目が疲れる印象がある。

今後は、LED照明は、目に優しいゆらぎを作る回路ができるかもしれないw

posted by libertarian at 11:04| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月06日

Quiz

サイコロを振り、1と2と3と4が出たら掛け金と同じ額を得、5と6が出たら掛け金が胴元に取られるという賭けを考える。具体的には例えば1000円を賭け、1が出たら1000円の儲け、5が出たら1000円を没収というゲームである。今、手元に軍資金として100万円がある。ゲームは100回繰り返す。どのように賭けるのがいいだろうか?掛け金は毎回同じでもいいし、毎回変動させてもいい。
2/3 で勝ち、1/3 で負けるわけで、このゲームは賭ける方に有利なゲームである。だが負ける可能性も当然にある。
意外とこういった問題をちゃんと解ける人は少ないのかもしれない。
しかしこういった問題に投資戦略の基本的な考えがあると思われる。
つまり、これは投資における資金管理の考え方だ。

この問題はサイコロで確率が決まっているから正解があるが、実際の投資では確率は決まっていないから、この正解のようなアグレッシブな投資はできない。
投資の世界は、あまりにもデタラメや詐欺が多く、本もネットも証券会社の情報も全く使いものにならない。
そんなものを見ているのは、カモにされる素人だけだろう。
こういった問題を自分の頭で考えることもできない人間が投資をしても生き残れる可能性はほぼ0であろう。

投資はゼロサムゲームであり、将棋や麻雀やポーカー、バックギャモンと同様に強者が勝つゲームと考えられる。確率が入るゲームであっても、それは運次第を意味しない。プロのポーカープレーヤーや将棋の棋士に素人が勝負して勝てる可能性はほぼ0だ。将棋は完全情報ゲームだから可能性は0だが、偶然性が入るポーカーならたまに勝つこともあるだろう。だが、ゲームを繰り返せば必ず負ける。
投資もそういったゲームとかんがえられる。
つまり、市場といった人外なものを相手にしているのではなく、あくまでも人間相手のゲームだと考える方が正しいのだろう。
posted by libertarian at 22:38| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする