2015年07月31日

Risk Control

リスクコントロールとはどういった意味か?
これもよく聞くが、分かったような分からないような言葉で、実際、その定義はあまり明確ではない。
リスクをコントロールするのだから、リスクを増やしたり減らしたりすることがイメージされるが、実際のリスクコントロールとは、リスクを時間的に一定に保つことである。
リスクが周りの環境で増減するのは、コントロールができていない状態だ。
これはナショナルセキュリティでも同様で、外的環境に合わせてリスクの増減を許さないようにコントロールしなければいけない。相手のリスクが低下した状態は、自分のリスクが高まったことと同じだ。自分に課せられたノルマ、課題も当然に上昇する。

日本は全くリスクコントロールができていない状態で、リスクコントロールの意味すら分かっている人は少ない。
ちなみに、投資においてもこの正しい意味でのリスクコントロールが必要なのだが、これが分かっている人も少ない。
posted by libertarian at 03:46| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Risk on

今はマーケットはRiskOn状態になりつつあると思われる。
説明はしないが、そう思われるわけだ。w

ここで問題とするのは、Riskとは何かだ。
セキュリティ問題はRisk問題であり、Riskを定義しないと意味がない。
日常生活は安定的なもので、リスクの存在を意識しない。セキュリティも安定性、日常性を脅かすものといった定義であれば、リスクを意識していない可能性がある。

結論から言えば、リスクとは期待リワードに対して発生するものだ。
おそらく、普通、リスクとは0の状態がマイナスになることとイメージされているだろう。そうではなく、+Aの期待に対してリスクは-Aが自動発生する。意識するしないに関わらずである。

株式投資をする初心者はロスカットを設定しないで買い、ひたすら上がることを願うだろうが、ロスカットを設定しないで利益を期待することで、リスクリワード比は無限大になるかといえば、そうはならない。w
仮に10万円でロスカットするとしよう。ロスカットの値がリスクであり、リワードはそれ以上を達成しなければいけないノルマになる。ロスカットを20万にすれば、なかなかロスカットにかからず、2−3万円で利食いもできるチャンスがあるだろう。だが、ロスカットを大きくすれば、自分がとらなければいけない利益水準が上がっていく。20万のリスクをとって、2万円の利益では勝ったことにはならない。リスクを沢山とるということは、同時に自分に課すノルマ、達成基準を高くするのと同じなのである。1回限りの勝負でなければ、自分の設定したリスクが重くのしかかってくるだろう。自分の能力を超えたリスクを設定すれば、そのノルマは達することもできないだろう。リスク=ノルマであり、その人間の力量にバランスしたものでなければいけない。

セキュリティも、お金を沢山持っている人がより多くの投資をする。普通の人はセキュリティ投資などほとんどしないが、金持ちはそうではない。相当なセキュリティ投資をしている。
これは国家についてもいえることで、豊かな国家ほど多くのセキュリティ投資をする。アメリカは戦争を仕掛けてばかりいるようにも見えるが、あれはあくまで国防、national security の一環なのである。
核兵器が最高のセキュリティ兵器であるのは、相手の期待リワードをマイナス無限大に持っていくことが可能だからで、リスクリワードを1以下に容易にできるからだろう。

posted by libertarian at 02:46| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Customized audio

最近はインターネットラジオでJazzをずっとかけている。
CDも随分沢山溜まっているが、ネットラジオで知らない曲をいろいろと聞いた方が飽きない。
もとより、メインのオーディオはアキュフェーズのパワーアンプを中心としたHiFiシステムであるが、もっぱら聞くのはPCオーディオで、メインのシステムはあまり聞かない。

先日、はじめてUSBDACなるものを購入したので、メインのオーディオにつけてみた。
これが実にいい音で驚いた。
と同時に、メインで使っていたメリディアンのCDプレーヤーの調子が悪いことに気づいた。
このCDプレーヤーも20年以上前に40−50万円したもので、気に入っていたがいつからか調子がおかしくなっていたようだ。最近、メインシステムで聞いてもあまりいい音がすると思わなかったが、これが原因だったようだ。w 自分の耳が悪くなったのが原因だとばかり思っていたが、違ったようだ。w
CDプレーヤーもDACは進歩しているだろうが、CDに内蔵されているOPアンプの性能はアナログなので、結局のところ、そんなに進歩しているわけでもなさそうだ。つまり、昔の高級CDプレーヤーは今の中級機くらいの性能は依然としてあるらしい。もちろん、故障していたら意味ないが。w

ステレオというのは、3Dテレビと同じように人工的に音に立体感覚を与える技術だろう。
3Dテレビはまだ人工的に感じるが、音の場合、それがわりと自然だと感じられ、受け入れられたわけである。
映像より成功したヴァーチャルリアリティ技術といえよう。
だが、一度周波数難聴になると、やはり、それはかなり人工的なものだということを痛感する。
例えて言えば、3Dテレビを見るときに、片眼を閉じて見るようなものである。

というわけで、2年くらい前はモノラルオーディオを少し追求しようと思ったわけだ。
苦労して作ったスピーカーもわりとよい音が出たのだが、特殊な構造をしていたおかげで、壊れてしまい、そのままになってしまっている。そのうちに直さねば。w

いろいろと試した結果、今の自分のPC周りのオーディオ環境はかなり聴きやすい状態になった。
低音再生重視のシステムで、かける音楽もJazzのベースがよく聞こえるようにしてある。
片耳が高音難聴なのでその方が聴きやすいわけである。
小型でよいと思ったDaliのスピーカーだが、今のPC用オーディオシステムの方が値段も10倍以上するし、よくなることはないだろうと思いやめた。w

そもそもお金をかければ、いわゆるよい音は手に入るわけだが、いわゆるよい音ではダメなのだ。
自分の耳にカスタマイズする必要がある。客観的な音の良さではなく、カスタマイズされた音が大事で、どのようにカスタマイズするかが問題になる。
元よりオーディオはバーチャルな技術であり、原音追求ではなくバーチャルリアリティを追求した技術であるから、そのようにカスタマイズするのが本来の姿だと思う。
健康な若い子供なら、それほど聴覚能力に違いがないのかもしれないが、大人になるに従い、聴覚能力にはかなりの違いがでてくると思われる。
精密な聴力テストを行えば、個人差はかなりのばらつきがあるだろう。だからこそ音はカスタマイズした方がよい。
posted by libertarian at 01:34| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月26日

Dali

前からオーディオには興味があったが、耳を悪くしてから遠ざかっていた。しかし、数年前はモノラルオーディオに少し凝って、スピーカーを2−3自作したりした。
スピーカー自作は、工作を楽しむ日曜大工的なもので、実際のところ安くはできないし、2−3個作って終わりだと初期投資でいろいろと購入しないといけない工具の分、高くつく。私は2つ作って終わった。w

まあそれでもスピーカーは失敗しても音がでないことはないし、アンプのように作ったけど鳴らないということもない。w
最近、アマゾンを見てDaliのZensor1が2万円程度で出ており、大ヒットになっているらしい。
Daliといえば、高級オーディオスピーカーブランドだ。Boseのような怪しいメーカーではない。
そこで、ヨドバシでこれを視聴させてもらった。
確かに高級感もあるし、音も悪くないし、なんといっても知らないオーディオファンはいないだろうあのDaliのスピーカーだ。というわけで、欲しくなったのだが、まだ買ってはいない。w

他にもいろいろとスピーカーを聞いたが、正直、値段は正直でやはりB&Wの10万円の同じサイズのスピーカーと比べるとやはり後者の方がよいと思った。ポンコツの耳でも違いは分かる。
ただ、十分によい音だし、安いのは気軽さがあってよいともおもえる。しかし、そもそも自分の耳がポンコツである以上、オーディオにあまり投資するのは賢明ではない。

だが思うに、オーディオに興味を持って買い物をするのは、買い物そのものがわくわくとする夢のある楽しみなのだということを再び思い出したのであった。これはコンピューターなんかを買うのとは別の文化的で豊かな蕩尽行為なのである。

しかし、今では高性能なアンプがかなり安く手に入る。DenonのPMA-390RESPなど実売価格2万円と信じられない安さで性能は非常によい。これとDaliを組めば、昔なら20−30万円クラスのコンポの音が4−5万円で作れる。とはいえUSB-DACに奢れば8万円コースか。これにノートPCをつなげる。
などと、いろいろと組み合わせを考えるのも楽しいわけである。w
posted by libertarian at 00:57| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Best Windows note pc

デルの24インチディスプレイも既に8年位使い1920*1200の画面が狭く感じてきた。
そこで、QHDの27インチを新調した。
理想的には有機ELがいいが、パソコン用のが普及してくるのはまだ先であろう。
4Kディスプレイだと文字が小さくなりすぎるので、QHD解像度にしておいた。

だが問題があり、私のThinkPadにはDisplayportがついておらず、HDMI接続だとフルの解像度がでない。
はたと困ったが、MacBookProRetinaにはminiDisplayportが2つもついていることを思い出した。
マックのこれはThunderboltという名前なので、最初、別物かと思っていたが、Displayportのことである。

このような高解像度モニターにはDisplayportが必須で、HDMIでは対応してない。
MBPRetinaはこのポートが2つあり、さらにHDMIもついているから、合計3台も外部モニターがつなげられるようになっている。まさにグラフィックマシンである。
このようなWindowsノートは、私の調べた限りない。
そして以前に導入したParallelsとWindows8.1があるので、これを起動すると完全なるWindowsマシンになる。
Macbookproこそが、最強のWindowsノートだというのは本当だ。w

今のWindowsノートPCは、値段は安くてもお値段相応で、ThinkpadなどでもスペックをMBPレベルにしたら、それ以上の値段がするものも多い。

ということで、これからはMBPRetinaが私のメインのWindowsマシンとなることとなった。
今まではLightroom使うときくらいしか使っておらず、使用頻度が低くて宝の持ち腐れ状態だったが、これで解決した。

Pararrellsは市販ソフトだけあって、よくできている。Bootcampよりもお勧めする。
値段もたしか5−6千円でそんなに高くはない。
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2015年07月12日

Smarter than Bluetooth

ブルートゥース機器は、どうも接続の安定性に欠ける。
これではストレスばかりで安心して使うことができない。
やはり有線式に限るというのが結論である。

キーボードやマウスの安定性はこの上なく、大事なものである。
キーボードが勝手にテロまがいな暴走を始めたらプログラムなど書いていられない.
先ほどプログラムを書いていたら、キーボードが暴走してぐじゃぐじゃになった。

そもそもブルートゥース機器というのは、セキュリティ上も信用ができない。
喫茶店など外で使っているとき、ブルートゥースの設定を開くと大量のBT機器が検出され、自分のやつがどれなのか、ぱっとみ分からない。そして、よく見てもわからない。マウスやキーボードの型式を調べる羽目になる。そのくらいでしか区別できない仕様みたいだ。他人が自分と同じマウスを使っていたら区別できないだろう。
キーボードは数字認証するが、マウスなどは、認証しないから簡単に乗っ取れるのではないか?
この場合、乗っ取られるという方が正しいかもしれない。
間違ってペアリングしたら相手のマウスが自分のPCのカーソルとなって動き回るだろう。
これを防ぐ仕組みはあるのか?
間違って他人のマウスをペアリングしてしまうことだってあるだろう。

というわけで、外でWintabを使う際も有線式のキーボードを使うことにした。キーボードもマウスも有線式となると外で使う際はコードだらけになりスマートでないが、やむを得ない。

またブルートゥースキーボードをWindowsにつけるなら、デフォルトが日本語なので日本語のやつを買っておいたほうが無難である。
USキーボードをUSキーボード設定に治すのは、Windowsでは一苦労だ。
そもそも、ブルートゥースで接続するときに、キーボードのタイプを識別するようにはなっていないようだ。
なんでもデフォルトで日本語キーボードとして認識される。
だから、USキーボードを設定しレジストリをいじっても、後で別のキーボードをブルートゥース接続すると元の日本語キーボード設定にもどってしまうようだ。詳しいことはどうでもいいが、経験上そうだ。

しかしWindowsは、Win8以降、頼みのxkeymacsが未対応となっていて、キーボードのコントロールに問題がある。キーバインドを主要なアプリケーションでは統一しないと不便だ。
これを解決するには、Autohotkeyなど別の仕組みで対応する必要がある。
このアプリはなかなか面白くて、仕組みがわかれば難しくはないし、応用範囲も広い。だが、あまり一般性はないかもしれない。というか普通の人にこんなものをいじって、一から設定しろというのは無理な話である。

今の自分のWindowsのメインマシンはWindows7だが、これを今月末に無料でWin10にUpgradeするとキャンペーンみたいなものをやっているが、これは止めておいたほうが無難だ。
キーボードとか周辺機器で煩わされたくない。

Windowsはヴァージョンアップするたびにコントロールパネルの項目とかを適当に配置変更するからますますわけがわからなくなる。昔あったあれはどこに行ったんだとなり、ぐぐって調べる羽目になる。
そうすると同様の苦労をもった人が沢山いることがわかる。

OSのヴァージョンアップと称してもOSの一部として、いろんなアプリを載せてきているだけと思われる。今まではサードパーティがアプリとして提供してきたセキュリティ機能をOSのアプリの一部とするなどの変更だ。
アプリがOSに組み込まれると、MSに支配される。

そもそもOSの範囲というのは決まりがあるのかよく知らないが、基本はKernelだけだろう。
だから、WindowsのバージョンアップとはUIをちょこっといじっているくらいのものだ。LinuxだとUIは最初からいろいろあって、お好きなものをチョイスすればよしとなっているが、Windowsはそうではない。
ちょっとした機能を追加してUIを変更して、バージョンアップと称して出してくるからいちいち相手にしていられない。
Windowsの本当のバージョンアップは、16bit->32bit,32bit->64bitに変更したときの2回しかないのだろう。

後記:
その後もいろいろとキーボード設定に格闘していたら、xkeymacsがなんとかWin8.1でも動くことが判明した。
設定画面が切れたり、正常な感じはしないが、OKボタンは画面下にもっていってクリックするとあらわれた。
これでAutohotkeyをいじらないでも設定が簡単にできる。w



posted by libertarian at 18:02| 東京 ☀| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月11日

The future of Mac

マックの将来を想像するに、おそらくタブレットのiPadとMacbookのようなノートPCが一体化してシームレスになるのではないだろうか?

今のマックブックなどはタブレットなみに薄いが、形態としてはやはりTabletに落ち着くのではないか。そして、タブレットでiOSとMacOSが同時に動くようになる。これは技術的にはそんなに難しくはないだろう。パラレルズのような仮想化ソフトを使ってもできるわけだ。

そして、普段はタブレットのiPad、そしてたまにMacOSを動かすという使い方になる。
そのようなiPadには、より高性能なCPUが使われるだろうし、ただのiPadより値段も高いプロフェッショナル用として提供される。画面も13インチー17インチと大型のも使われる。ディスプレイは有機ELが標準となる。

きっとそうなるに違いない。w
posted by libertarian at 19:02| 東京 ☀| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Tablet or PC

本日は暑いので近くの喫茶店で過ごした。
というか今も過ごしている。w

装備は、Yoga2のWinTabにiPad mini2,Nexus5だ。
タブレットはバッテリーの持ちがよいので余裕だ。
ノートPCは威圧感があるが、タブレットならそれもない。

iPad mini2だけでも十分ではあるが、Yoga2でプログラムなどをした。
Yoga2は、タブレット型のPCであるから、プログラムできるのが最大のメリットである。
というか、これ以外のiPadにないメリットはあまり浮かばない。w

YOGA2はタブレットとはいえ、コンパイルするのも十分なパワーがある。私が普段作るようなプログラムならこれで問題ない。
もし、大きなプログラムを作っていて、コンパイルにパワーが必要だというのなら、グーグルなどのクラウドに環境を持っておけばいいのかもしれないが、そんなものは幸か不幸か今のところ必要ではない。w

しかし、家にあるブルートゥースキーボードをいろいろ接続していたら、折角設定したキーボード設定が元にもどってしまっていた。
Windowsの闇は深い。

プログラムというのは、技術があれば何でもできるというわけではなく、基本的な技術があって、かつ、こういうものはできないかなというアイデアがないと、できない。
このアイデアがプログラム開発のインセンティブであり、動機だ。

だから、常にアイデアを考えていないと、プログラムをする動機が生まれないのである。
私は技術的に細かいことには興味もないしプログラムそのものを目的としているわけではない。
だが、プログラムを学んでも、自分でアイデアがないとただ学んだだけで終わるか、会社の仕事としてやらされるくらいだろう。

Yoga2は、数年目のPCと違って発熱が圧倒的に少ないと思う。
これはiPadでも同様で、発熱が少ない。
発熱が大きいのはエネルギーロス以外のなにものでもないし、熱いキーボードは不快なものだ。
その手の、不快感がないという点でもYoga2、もといタブレットはよい。
キーボードは別のブルートゥースだからということもあるが、本体に触っても全然熱くなっていない。

タブレットだけで普通の人のコンピューターでできることの99%のニーズは満たされる。
というか、普通の人はプログラムなんか全くしないからほぼ100%かもしれない。いや、Officeがあったか。しかし、タブレット用のオフィスは無料で使えるから、これで間に合うのかもしれない。私はオフィスはエクセルしか使わないし、エクセルはVBでの簡易プログラム環境として使うだけだからPCが必要なのだが。

今までのPCはトラブルがあると色々と調べたり、ぐぐったりして対応するということが多かった。
そうすると、ちょっとコンピューターに詳しくなったような気になるが、実際は対症療法を調べただけで、原理やメカニズムまではわからないから、ちっとも身になっていないのである。そんなことに時間を投入するのは結局無駄だ。自分も随分と無駄なことに時間を投入してきた。
タブレットはその手の無駄な労力が少ないのもいい。
皆無といってもよい。

KindleもWindowsで最近使えるようになったが、Window版キンドルはまだ問題が多い。ちゃんと読めない本もある。例えば文中に挿入された画像や表を拡大できないとかいった問題がある。

そもそも本をコンピューターで快適に読めるのはタブレットだからこそ可能だ。ノートPCでは本など読む気が起きない。PDFファイルも長くなるとプリントアウトしないとPCでは読む気が起きないが、タブレットだと読める。
ただし、フォントなどがそれなりに大きく表示される必要があるが。
文書を手に持って自由に姿勢を変えられるというのが、本なり文書を読む際には重要なことなのだろう。
PCにはそれはできないが、タブレットならできる。
PCで本を読むと窮屈で疲れるのだ。

Yoga2は、安さに惹かれて好奇心から買ったが、正解であった。
贅沢を言えば、10インチより12インチくらいあるとなおよしだ。それで値段据え置きならまた欲しい。w

こうなってくると、MacもMacbookなどのノートPCの存在意義がどうなるのであろうか。
自分はLightRoom用途がメインな目的でMBPレチナを奮発して購入したが、現像処理も意外と面倒なので、あまりやらない。一旦はじめれば現像処理も結構面白いのだが、最近やってない。
結果、私の一番高性能なマシンであるMBPレチナの稼働率が低いままだ。
これを改善するべく、パラレルズを買ってWin8.1も買ってWindowsも動くようにしたのだが、どうもマックで動かすWindowsは妙な感じがある。
レチナディスプレイが災いして、表示が小さくなりすぎるアプリもある。これは外部ディスプレイに表示することで解決できるのだがデスクトップ的な使い方になる。

posted by libertarian at 18:34| 東京 ☀| Computer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NotePC without display

先日、ヨドバシでキーボードをいろいろと触ってきた。
キーボードは長時間プログラムをするような人とかには重要なデバイスであるが、なかなかにこれというのがない。
高級キーボードとして2−3万円クラスで東プレやHHKやFilcoなどが有名だ。
FilcoのはMajestouchを持っているが、どうもあまりしっくりこない。東プレの静電容量タイプのが定番だが、あまりコンパクトなのがない。となると残るのはHHKのprofessional2しかない。
しかし、HHKは昔Liteの安いタイプを買った時の悪い印象が強い。
Filcoは、Majestouch Minilaというコンパクトタイプが置いてあった。これは十分にコンパクトで悪くはなかった。だが在庫がなく結局買わなかった。だが、買わなくて正解だったかもしれない。
軸のタイプで赤、黒、茶、青といろいろあり、それぞれに感触が異なる。しかし、ノートPCになれていると、音の大きさが気になる。

ノートPCのキーボードは、どれもわりと高品質だと思われる。
特別に品質がよいわけではないのであろうが、重量のある本体と一体であるため、もろもろの振動やズレが抑えられる。
外付けのキーボードは軽量なのが多く、それは打鍵感にマイナスに影響する。
キーボードの性能は軸の構造だけでなく、キーボード全体の物理的な質量も影響する。

数年前にキーボードに興味があって、ThinkPadの600Eをヤフオクで買った。
このキーボードはノートPC史上、伝説の最高のキーボードとされ、ネットで絶賛されていた。
発売当初は50万円程度もした高級機種であり、作りは手抜きのないよいものだ。
↓参照のことw
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Cupertino/9946/ThinkPad03.htm

実際にこのキーボードは、非常に快適だ。東プレよりも、HHKよりもMajestouchよりも私の好みだ。
これは、頑丈で重量のあるノートPCと一体という点もメリットなのだろう。

そこで、SmartDataLinkケーブルというものを購入し、600Eをキーボードとして復活させることを思いついた。
このケーブルはなかなかに面白く、MacとWin、WinとWin,MacとMacの間でつなぐと、片方のキーボードとマウスでもう一方のPCを制御できるというすぐれものだ。
ケーブルではなく、ソフトに仕掛けがあるのだが、このUSBケーブルの中にソフトが仕込まれていて、自動にインストールされる。中のUSBメモリにプログラムが入っているだけだ。w

結果、うまく行かなかった。CPUの非力な600Eに無理やりWinXPを入れているが、USBが古すぎるのかもしれない。というわけで、600Eのキーボードの復活は叶わなかった。残念。
Linuxとつなげることができれば、600EをLinuxマシンにしてしまうのも手かもしれない。が、このケーブルはLinuxには対応してないようだ。
今はMBPretinaとWindowosを繋げるのには使っている。最初は妙な感じが抜けないがw.


思うに、今のノートPCは非常に高性能なのだが、PCの形態としてノートPCにディスプレイのついていないものを発売するべきである。
ノートPCにディスプレイがついてないとなると、大昔のFM7、PC8001、初代Appleのようなコンピューター本体とキーボード一体型のものと同じだ。
これは良い意味での先祖返りだ。

なぜかといえば、ノートPCに外部ディスプレイをつないで使うことが多く、この場合、ノートPC側のディスプレイが邪魔になるからである。
だが、ノートPCはキーボードにメリットがあり、最近のノートPCは安いタイプでも高性能だ。
またMacMiniのような単体のコンパクトPCよりも配線周りがスッキリする。物理的にPCとキーボード一体というのにメリットがある。それにコンパクトPCは別途キーボードが必要だから接地面積はキーボード分どうしても余分に必要になる。

ノートPCは可搬性が重視されているが、家で使うノートPCの形態としては、液晶ディスプレイ一体型である必要は必ずしもない。むしろディスプレイは邪魔な場合が多い。こういう市場ニーズは必ずあるはずだ。
最近の外付けディスプレイは大画面でかつ安価だから、ノートPCも家で使う時にはこれらと接続して使うケースが多いはずだ。

今のノートPCの性能に東プレやHHKの高級キーボードを一体化させた、大昔のFM7のようなPCが出てこないものであろうか。
今のThinkPadのXシリーズやTシリーズからディスプレイだけを外しただけでもかなり魅力的だと思う。
たったこれだけのことで、新しいPC市場ができると思う。
要するに、モバイルPCと、ホームPCといった分け方がポイントだ。
従来のホームPCはタワー型の単体PCだったりしたが、この市場は圧倒的に小さい。
ホームPCの新しい形態が提案されるべきなのである。





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2015年07月06日

Organic Electro luminesence Display

LG電子が、大型有機ELテレビを出している。ソニーが最初の有機ELを出したのがかれこれ10年くらい前だろうか。55インチの4Kで、今後PC用のディスプレイになってくると買いだ。
あまり騒がれていないが、これはかなり大きなイノベーションだろう。元々が次世代ディスプレイとして日本で研究開発されてきたものだ。

昔のソニーのやつも、画面は小さかったが階調が滑らかで驚くほど綺麗だった。
今後、PCのモニターはこれに以降していくだろう。写真をPCで処理するのが普通になってきたから、有機ELのアドバンテージは大だ。軽量で薄く曲げることもできる。モニターがこうなってくると、PCやタブレットのデバイス形態もまた変化してくる。
ソニーや日本メーカーが先鞭をつけた技術であったが、朝鮮にしてやられたりというところだ。

これは、おそらく、日本の技術者が引きぬかれて韓国で開発したのであろう。
デフレの中で、日本の有機ELの開発は各社で中止され頓挫した。そして日本の技術者はシナや朝鮮に引きぬかれた。
もし日銀がデフレ政策をとっていなければ、日本ではこの間に大きなイノベーションがあったろうし、有機ELも日本で完成していたに違いない。デフレのために日本では過去20年くらい研究開発予算が削られてきて開発力が大きく落ちた。
これが、今の日本の衰退の原因である。こういった研究開発の立ち遅れを一朝一夕で取り戻すことは難しい。
posted by libertarian at 18:08| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする