2015年10月27日

Incentive War

レッシグのTEDを見ると、英語字幕と日本語訳が出てくるので大体何を言っているのかはわかる。
要するに、アメリカの大統領選で勝つには何十億、何百億円という活動費用が必要だが、これを提供しているのは、ごく少数の人間、大企業で、およそ0.05%くらいの人間がこの金を牛耳っているのが現実。

大統領選に出馬する人は、有権者の票だけでなく、一部の資金提供者達からの資金集めにも奔走しなければいけない。
そして、このごくごく一部の人間が資金を支配することで選挙結果をコントロールしている。
とくに、「直近の選挙期間の統計で忘れられない数字は 0.000042% 計算してみるとわかりますが132人のアメリカ人です―彼らが この期間中に(献金限度額のない)特別政治活動委員会資金として 使われた資金の6割を提供しました」

これによりアメリカの憲法は歪められ、意味のある政治改革が困難になっている。
つまり選挙制度がアメリカの問題の根本原因にあり、これを改革するのは人種偏見を取り除くことよりも遥かに容易なはずである。実際、いくつかの州では近年、少額選挙制度が導入されている。といったことか。

より露骨に言えばアメリカの民主主義は実質的にごく一部の人間に乗っ取られているということだろう。
こういうと、陰謀論めいているが、選挙システムをみれば陰謀でもなんでもない公開事実だ。

レッシグはクラウドファンディングで選挙資金1億円を集めようとしており、これが集まらなければ出馬は取りやめるようだ。1億円くらいはすぐに集まりそうな気もするがどうだろうか?

レッシグは、アメリカのかなり本質的な利権構造を正そうと勝負に出ているともみえる。
著作権問題で共に戦った同志ともいえる天才アーロンシュワルツの死もあり、やはり戦わなければいけないと思ったのであろうか。レッシグはシュワルツの死を目を腫らして語っていたが、CC運動がこのような戦死者を生むとは思っていなかっただろう。

アメリカの覇権がそろそろ終わるということは前からいろんな人が唱えているが、確かに内部的にも本質的な改革がそろそろ起こる時期なのかもしれない。アメリカはこういう時に銃社会であることが大きなメリットとなる。憲法に立ち返るという大義がアメリカには常にあり、それがある種の体制転覆的な動きすらも憲法が保障しているからだ。GUN RIGHTSは憲法が保障する権利であるからこそ、軽々しく制限してはならないという理解がアメリカにはある。

レッシグの著作権問題に関する運動は、実際のところ結構理解が難しかった。
その問題意識を理解するには、著作権法についてある程度知っている必要があり、かつCREATIVE COMMONS LICENCEが既存の著作権法とどのように違うのかを理解しないといけない。
これはかなり意識の高いインテリでないと無理だ。
普通の人が著作権を理解しようとすれば、私同様に眠くなるのが必然であろう。

ようするに、著作権問題のような運動はかなりハイブロウ、かつ頭がよくて良識のある人の善意だけで成り立つもので、一般的なインセンティブがほとんどないのである。
今回、レッシグは選挙システムの改革は単なるインセンティブの問題だから差別問題よりは簡単だと言っている。CCプロジェクトで、いかに既存利権集団の抵抗が強いかを思い知ったのだろう。

実際、著作権問題よりは、はるかに多くの人に理解しやすい問題設定であろう。そして、それはインセンティブ設計の問題だ。
厄介なのは、既存利権集団はお金と、改革を阻止する強いインセンティブを持っているという点にある。
だから、こういった利権に関わる改革はシビアな戦いになるわけだ。
レッシグというリベラルな頭のいいハーバード教授がそういうシビアな戦いをできるかどうかはわからないが、彼をサポートする組織がどれだけのインセンティブを持つかにもよる。
posted by libertarian at 22:52| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Lester land :Lessig

レッシグがなんとアメリカ大統領選に立候補しているとは知らなかった。
民主党から出馬しているようだ。
レッシグは、著作権の問題から、アメリカの選挙制度の問題に焦点を移したらしい。
これをTEDで説明している。
http://digitalcast.jp/v/17074/

”ABCの番組で「我々は政府が機能していないことを認識すべきだ」と強調した上、選挙資金や選挙権などの政治改革の実現を目指すとし、大統領になって関連法が実現すれば、大統領職を副大統領に譲るとした。しかし副大統領に誰を指名するかについては言及しなかった” ーーwikiより

私はレッシグはどちらかというと共和党に近いのかと思っていたが、民主党で出馬するとは少し意外だ。
まあ、どちらで出馬しても当選はしないから構わないのだろう。w
国の問題点を選挙戦の場で広く訴えることが目的なのだろう。

レッシグのブログでこの出馬理由がある。
Why I want to run
http://www.lessig.org/

私はレッシグは1mくらいのそばで見たことがあるので、是非レッシグにはアメリカ大統領になってほしい。w

社会は複雑極まりなく専門分化しているので、法学者にしか気づかない問題もある。
そういう問題を世に問うのが法学者の役割だろう。
日本の法学部の教員は判例解釈ばかりしているが、そんなものは裁判官はほとんど参考にもしないのが実情なので、法学部は経済学部同様に社会的に機能していないと言っても過言ではない。
レッシグを見習って、日本の法学者はもっと法制度の問題を世に問わないといけない。
posted by libertarian at 04:56| 東京 ☀| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

Border of Law

法というのは基本、国があってその国内を扱うものだ。
アメリカ人が聖書の次くらいに大事に思っている憲法も、その効力は内部にしか働かない。
つまり、対外的には効力が基本ないし、また政府の対外的な行動を制限するものでもない。
ここには内と外がはっきりとあって、法の支配なるものはあったとしても内部だけにしかない。

アメリカの対外行動は、基本、国際法は無視するはで大いに問題がある。立派な憲法があっても、政府の対外的な行動については何も制限できない。政府行動は侵略であろうとなんでもありだ。
これが世界がアナーキーである原因で、国際法など覇権国の前にはあまり効力はない。
軍事行動とは、national security の一環だが、security という曖昧なものでどんな行動でも正当化してしまう傾向がある。実際は利潤動機に過ぎないものでも、securityとして正当化できてしまうわけだ。
constitutionalismという政府の力を制限する仕組みがあっても、対外的には無制限の権力を政府に与えてしまっている。

アーロンシュワルツの映画で、シュワルツがサイバー戦争などを理由に政府がネットの自由、言論の自由を侵害しようとしていると言っていた。国内に対してもsecurityという曖昧な概念でなんでも正当化されてしまう危険はある。

セキュリティとか知的財産というのは曖昧で捉えどころがなく、厄介この上ない。
セキュリティの危機を感じたから、それを排除するために、先制攻撃をしかけ相手を殺したりした場合、普通の人なら殺人事件だが、アメリカのような国家はやられる前にやる。支那もそうだろう。パリ不戦条約など意味がないのである。

支那に関してアメリカが危惧していることは、支那は核兵器、水爆であっても、単なる抑止兵器とは考えておらず、通常兵器として躊躇なく使う恐れがあるということらしい。
対ソ連の時にはあったコモンセンスが全く通用しないサイコパスのような相手と考えているようだ。
支那中共は毛沢東という稀代のサイコパスが作った王朝であるから、大いにありうることだろう。
それをアメリカは朝鮮戦争の時に思い知ったはずなのである。

posted by libertarian at 01:55| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Aaron Swartz

Netflixで”インターネットの申し子 アーロン シュワルツ”というドキュメンタリーを観た。
よくできたドキュメンタリーでおすすめだ。
シュワルツはredditを作った若き天才だが、Lessigなどの著作権運動に共鳴し著作権問題にのめり込むようになる。
最終的に彼はJstorという学術論文ネットワークに入り込んで論文をダウンロードだことでFBIに捕らえられ13の重罪で訴追されるが、公判を前に自殺する。
SOPA運動では先頭にたち、オンライン海賊行為防止法案を廃案に持ち込むという偉業も達成していた。

検察が彼を重大経済犯罪として訴追したのは、見せしめにしようという目論見からで、その量刑を大きくすることで抑止を狙ったわけだ。

Lessigも出てくるが、私もかれこれ10年位前レッシグの講演を聞きに行ったことがある。
あの頃は自分も著作権問題に関心があったが、その後すっかり離れてしまった。
レッシグも、当時はかなりのアクティビストだったが、今はハーバードの教授になっているようだ。
まだ著作権問題をやっているのであろうか?完全に離れたわけではないだろうが、距離を置いているのかもしれない。

TPPも当然ながら私は支持するわけだが、よくわからないのは知的財産権、著作権関連の問題である。
日本は著作権はフェアユースも認めないから、先進国の中でもかなりユーザー側に厳しいものだが、
TPPでこれらは一体どうなるのであろうか。
今のところ、著作権は親告罪だが、これを非親告罪にしようとする動きもあると聞く。これはアメリカにあわせるということなのだろうか。

私は、基本的に著作権のような登録を必要としない自然発生的な特権はよくないと思っている。
著作物が商業用途なのであれば、基本、登録を必要とする方が分かりやすいだろう。登録手続きをネットで簡単にできるようにすればよいのである。privilegeなら登録制にしてまた維持登録料をとるべきだ。
登録維持をしなければ、特権も消失するようにしたほうがいい。
著作権はbundle of rightsで様々な特権の束だが、登録時にそれらを選択するようにし、そして登録維持料金も特権の請求数によって増減させるなど。

著作権は昔はごく少数の作家、アーティスト保護だったから、ある意味でどうでもいい法律で、増改築で膨れ上がっただけの法律とはいえないような法律である。
ただ、映画のように多大なお金と労力をかけて作られる作品もあるわけで、なにがしかの著作権的な保護がないと成り立たないものもあるのは、やはり否定しがたい。

根本的な制度設計をしなおす時期にあるのだろうが、レッシグが挫折したように、ここには巨大な既得利権があるので手がつけられない。
著作権に限らず、特許でも商標でも知的財産権関連は非常に難問だ。

特権というのは普遍的なものではなく、ある国家が国民に与えるものであるから、支那のような非国家には通用しないという問題もある。
posted by libertarian at 00:25| 東京 ☀| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

Dividing China

世界は米ソ冷戦期のBipolarな状態から支那の台頭によりMultiPolarになりつつあり、世界は今極めて不安定な危うい状態になっているというのが現状認識だ。
しかし支那にせよ、旧ソ連にせよ周辺国を統合することで全体のGDPが上がっているだけで平均すると普通の貧しい国だ。ソ連が分裂後、ロシアのGDPはイタリア並になったわけだが本体の力はそんなものだ。
支那にしても中共が国の全ての富を簒奪しているだけで、実際は貧しい国である。
いわば、鋼の錬金術師に出てくるグリードのようなものといえよう。

歴史の偶然、幸運というべきか、支那=中共は先の大戦で台湾を手に入れられなかった。
これに関しては、単なる偶然ではなく日本の将軍、根本博中将たちの隠れた大活躍があった。彼ら日本の将校たちの孤軍奮闘がなければ台湾は支那中共の手に落ちていただろう。
もし、そうなっていたら地政学的に日本は終わっていた。日本は、こういった英雄の名を忘れていはいけないのである。

戦後、中共の支那は侵略につぐ侵略により地理的に拡大する。モンゴル、チベット、ウイグルといった弱小周辺国を侵略し併合していく。地理的な拡大によりマスが拡大し、貧しくとも全体としてみれば大きな国になるわけだ。
ベトナムは小国であるが、日本人が教育した近代的軍隊の素地があったために中越戦争でも勝利でき併合されなかった。

支那中共、または自称”中華人民共和国”とは前世紀的な独裁国家だが、中共はある意味、”いわゆる支那”の最大版図を作った王朝の一つとして見ないと間違える。支那という呼び方は地理的な領域を指し、王朝としては元、明、清といったものがあった。
今は王朝が中共で、支那の地理的版図は拡大している。
支那は歴史的には分裂と統合の歴史であり、基本的には三国志のように複数の国が対立した内陸地帯としてあるのが望ましい。
つまり、支那に対する戦略としては支那を分裂させることが正しい。これは、チベットやウイグルといった中共に侵略併合された地域を再度独立させることで支那を分断させることが望ましい。
アメリカや国際社会がとるべき戦略は、こういった侵略された地域の独立支援だ。
残念ながらチベットやウイグルには台湾の独立を守った日本の根本中将のような存在がいなかったわけだが、今後はこれらの地域、民族の独立を支援する形で支那を分断させていくべきだろう。
経済発展が問題なのではなく、中共の版図が問題なのだ。
中共王朝を倒し、支那の植民地となった民族国家を独立させ、支那をロシアのように分割し、単体としてみればイタリア以下の国家がいくつかできる状態が望ましい。

このように支那を元の複数の小国からなる地帯に戻すことが長期的な戦略、あるべき姿とかんがえられる。
そして、新たに中共から独立した国々は新たにリベラルデモクラシーの”国”としてスタートすればいい。
そうなったほうが、この地帯に住む人々にとっても一番よいことだし、世界にとってもよいことだ。

つまり、支那問題の本質とは相変わらず、中共をいかに打倒するかであって支那をどうするかではない。
この点でアメリカと、今は共産主義をすてた旧ソ連諸国との連帯はありうる。
中共とは共産主義のイデオロギーすらもたない単なる暴力王朝にすぎない。
中共は一切の正当性もない巨大暴力装置、国連公認の巨大マフィアにすぎず、世界にこのままこれ以上存在を許してはならない組織だという認識を持たないといけない。

冷戦期はイデオロギー対立が強調されていたから、ソ連共産党そのものを敵として強く意識されていたが、共産主義のイデオロギー性すらない中共に対しては、そういう意識がなさすぎた。世界は支那中共に対して甘すぎた。シナ人を舐めすぎていたともいえる。
その原因は欧米の毎度の人種偏見による支那人蔑視だったのだろう。

posted by libertarian at 14:18| 東京 ☁| China problem | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月14日

Layer

アメリカの政治思想は興味深く、リバタリアニズムもその一つである。
しかしアメリカ社会のレイヤーは、第1層が宗教で、その上に第2層として政治思想が乗る形であろう。
通常、政治思想は宗教との絡みでは論じられず、独立したもののように扱われている。
だから、政治思想だけを理解すればよいと思ってしまうわけだが、実際は宗教レイヤーと政治レイヤーは独立というわけではあるまい。
これはTCP/IPの7レイヤーのように分離されているとはどうも思えなくなってきたわけだ。
例えば第7層のアプリケーション層は第1層の物理層を無視して独立に扱えるが、宗教と政治思想には、断ち難い関係があり独立してない。

しかし、キリスト教については普通の日本人は全く不可解であるし、表面的にもアメリカの多様化した宗教状況を理解するのは難しい。
アメリカでも宗教レイヤーを論じることは、ある種のタブーなのではないか。だからそんなものには触れずに政治思想というのを論じようとするわけだ。

一方、日本社会においては、宗教レイヤーもなければ政治思想レイヤーもほぼ存在しないといってよい。
日本に宗教レベルのレイヤーがあるとは思えない。
日本に宗教がないわけではないが、レイヤーとして社会構造に存在しているとは思えない。
神道=天皇というのが存在しているが、神道は宗教とはいえないと思う。
キリスト教は、政治思想に対して理屈や根拠を与える一段深いものだが、神道はそうではない。
だが、天皇、皇室、神道は、宗教的ではないが宗教レイヤーと同様に日本社会において深い構造を形成していることは間違いないだろう。

さらにアメリカのレイヤーとして法レイヤーというのもあるかもしれない。
つまり、アメリカ社会は宗教ー政治思想ー法という3レイヤー構造と見ることができる。
アメリカは信教の自由があり、政教分離されているが、これによって逆に宗教が政治的であることが可能となっている。

アメリカの奴隷制など日本人からみればとんでもないものと思うわけだが、これが20世紀中頃まで維持されてきたのは、奴隷制を肯定する論理がキリスト教の中に存在したからである。
そして奴隷制を巡る議論の中で、アメリカのキリスト教社会も様々な教派に分かれてきた。
マルコムXはネーションオブイスラームというイスラム団体から出てきたが、キリスト教そのものに人種差別、Racismの論理があると認識してイスラームに改宗したそうだ。
もともとアメリカのイスラム教は奴隷として連れてこられた黒人のムスリムが最初で、黒人社会にイスラームの基盤にあったようだ。
歴史的にみても、イスラームにキリスト教のようなRacismはないように思われる。奴隷はあったが、それとキリスト教のRacism とは違うように思われる。
posted by libertarian at 20:19| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Fullmetal Alchemist

Netflixにお試し入会し退会処理を忘れていたら延長になってしまった。
そこで、「鋼の錬金術師」と、「銀の匙」と2つ荒川弘のアニメを観た。
鋼の錬金術師は休み2日かけてぶっ通しでシーズン5の最後まで観た。w

ところで荒川弘は、先ほどまでずっと男の作家だと思っていたが、実は女性作家らしい。
弘は、「ひろし」ではなく、「ひろむ」と読むらしい。これには少し驚いた。w
荒川弘は天才的なストーリーテラーで絵も上手い。
このストーリーの緻密さは、考えてみれば女流作家らしいともいえる。昔から少女漫画は緻密なストーリーの名作が多い。また少女漫画の心理描写の緻密さはかなり文学的である。荒川弘はさらに会話の文章も洗練されている。

しかし漫画といえども、質量保存の法則やら物理の基本を無視したものは読む気がしないが、鋼の錬金術師は、物理を無視していないところがよい。錬金術の基本に等価交換の法則というのがあると強調されている。
これに対して、「進撃の巨人」では、物語の途中から質量保存の法則を完全に無視しているために物語性までが破綻している。w

こういうアニメ作品のクオリティの高さをハリウッドのドラマや映画と比較すると、アニメの方がよくできているなと思う。映画やTVは職業シナリオライターがマーケティングしながら作ったものに過ぎないが、日本のアニメには天才作家の作家性というオリジナリティがある。
アメリカのコミックは、Marvellという出版社に勤めるサラリーマン作家が集団で作っているらしい。
これではよい物ができるはずがない。
日本の漫画やアニメ業界は、全く何の身分保障もない完全な競争市場の中で進歩してきた。
この環境の中だからこそ、天才的な作家が次々に輩出されてきたのであろう。

しかしアメリカのドラマや映画を見ると、ドラマに過ぎないとはいえ、感覚の違いをかなり感じる。
登場人物の人間性が日本人とはかけ離れた印象を抱くわけだ。これは何故なのか?
posted by libertarian at 19:32| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月10日

Tell spring not to come this year

ミアシャイマーの主張は明確で、アメリカの敵は何かを見定めれば、何が敵でないかは決まり、敵でない勢力と戦ってはいけないというものだ。
911のイスラム原理主義勢力がアメリカの敵ならば、反原理主義のサダムのイラクはアメリカの敵ではなかったし、支那が敵ならば、いつまでもソ連と敵対していてはいけないという。
イデオロギーでなく、利害関係だけで友好、同盟関係を結ぶという点がリアリズムと言われる理由だ。
実際、それでいいのであって、国や組織は人間じゃないのだから、国家間の関係を人間関係のアナロジーで考えるのは危険だ。

しかしアメリカは自国の利益だけで基本的に動いているためアメリカに過度に依存するのは危険である。
日本はかなり過度にnational securityをアメリカに依存している。
過去において、ベトナムでもアフガンでもイラクでもアメリカは途中で急に撤退、分散し、火中に取り残された同盟国はどうにもならなくなる。
先日、NetflixでTell spring not to come this yearというアフガンのドキュメンタリー映画を観た。
アフガンから米軍が撤退し、残されたアフガンの国軍がタリバンと孤軍奮闘している状況のドキュメンタリーだが、取り残された国軍は厳しい状況となっている。
アメリカ連合軍が残していった、わずかなアメリカ製の兵器で戦っているようだ。
日本もこうなる危険性はある。アメリカにとって日本はロシアと支那を閉じ込めるための瓶の蓋、つまりは使い捨ての蓋にすぎないということを忘れてはいけない。
ベトナムやアフガンのようにならないようにするためには、日本は自主防衛可能な軍事システムを構築するしかない。公共投資も無駄な土木に無理やり金を使うのはやめて、国防に金を大々的に回すべきだ。
一挙に国防費を倍額とかすればいい。1%ルールなんてものは、法律でもなんでもないのだから、そんなものをルールということ自体が間違いである。非核3原則しかり。

集団自衛権の話が騒がれたが、左派の支那の手先連中は論外にしても、保守?の連中も期限に関する危機感が全く感じられないのはなぜなのか?連中は支那との衝突をいつか遠い先に起こるかもしれない危機という程度のイメージしかもっていないようだ。これは要するにアメリカがいるから大丈夫という安心感なのであろう。
これは甘すぎる。私はあと5年以内にその危機がやってくると思っているから、保守の連中の話を聞いていても、なんという危機感のない連中なのだと唖然とする。
自主防衛可能な体制を目的とする軍事体制は一朝一夕にどうなる問題ではない。
posted by libertarian at 19:07| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

US warships to challenge Chinese claims in South China Sea

ついにアメリカが南シナ海の南沙諸島に軍艦を送るようだ。
http://www.ft.com/cms/s/0/868ab0d2-6d6c-11e5-aca9-d87542bf8673.html#axzz3o69qou3Q

オバマは行動が遅すぎた。どのくらいの規模の艦隊を送るのかもよくわからないが、事態は急変した感じである。こないだの習近平の訪米の時に最後通牒を叩きつけたが支那が無視したので、ついにというべきかやっと決断したようだ。

今回、日本が集団的自衛権で直接に自衛隊を派遣することはないだろうが、この海域は日本にとって生命線だ。
長引くと集団的自衛権行使で日本からの軍隊派遣もあるだろう。

アメリカがここで引き下がることがあってはお先真っ暗となる。
示威行動によって支那に大幅な譲歩をさせるか、戦闘で勝つしかない。支那から引き出すべき譲歩は、飛行場を自ら破壊して使えなくすということだが、今の支那はそれはしそうにない。となると、戦闘もあるのかもしれない。場合によると、本格的な戦闘になるだろう。
支那としても自国経済が崩壊しつつあるので、戦争は望むところかもしれない。中共は目先、自分らに好都合なオプションを選択するだろう。そうなると譲歩は一切しない可能性が高く、譲歩がなければ交戦するしかない。

今のうちに、支那に駐在している日本人も日本に戻った方がいいのではないか。
支那に残れば支那の人質にされる危険性がある。
posted by libertarian at 04:31| 東京 ☀| China problem | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月03日

Twenty four

アマゾンのプライムビデオが始まったので、無料公開されている24を観た。
昔、レンタルビデオで観たが、今度は日本語吹き替えで見直している。英語で観る方がおどろおどろしく感じるが、日本語で観る方が字幕に集中しなくて済むし、わかりやすい。w
シーズン5で、かれこれ10年位前の作品なので、結構内容は忘れているところもあり、新鮮である。w

24で使われているコンピューターやテクノロジーも結構進歩している。昔はガラケーばかりだったが、シーズン7になるとスマホだ。上空からの監視システムも昔は衛星だったのが、シーズン8はドローンになっている。
衛星は位置調整をしたり解像度が悪かったりしたが、ドローンはリアルタイムで追跡して鮮明な画像を送ってくる。日本も交通監視にドローンを使ったらどうだろう。

しかし24は観だすとついついハマってしまい夜を徹して観てしまうので、注意が必要だ。w
あまり刺激の強いドラマを長時間観ると頭が麻痺してくる。w
ドラマというのは論理的な流れが重要で、少しでも論理的でないと感じると白けてしまい、そこでドラマは終わってしまう。
その点、24と言えども論理的でないところが少しあるが、全体としてはよくできたシナリオだと思う。
今はハリウッド映画よりもこういったTVシリーズの方が面白いし、実際、映画よりも大金を投じて作られているようだ。

24ではジャックバウアーと CTUと大統領官邸の活躍が描かれるわけだが、アメリカの大統領の意思決定は実際、ああいう生身の人間関係の中で密室で行われているのであろうと思われる。
テロリスト側の主張も結構出てくるが、これも意外とまともで、日本の自称保守派がいいそうな内容と変わらないと思うところがある。w
大体、中東のテロリストは、アメリカに中東への不干渉を主張するわけだが、その主張はなかなかに筋が通っている。
つまりアメリカ人もテロリストの主張には結構真実があると少しは思いながら24を見ているのであろう。

24は、冷戦の2極構造が終わり、パワーバランス外交が失われ直接干渉主義に走ったアメリカを描いているとも観れる。とはいえ実際はアメリカは911以降、国内でのテロにほとんどおきていない。2001年の911以降は対テロ戦争、非対称戦争が唱えられた最中に始まった24だが、その後アメリカ国内でテロはほとんどなく、テロは大体がイスラーム圏、中東内部で起こっている。たまに小規模なテロがヨーロッパとかで起こるとマスコミでバカみたいに騒がれるくらいである。

しかし、なぜアメリカ国内では予想外なほどにテロが少ないのであろうか?事前に防止している面もあるだろうが、アメリカに直接にテロを仕掛けることが経済的にペイしないということが大きいだろう。
テロ戦争といえども経済活動の一つで大きな金が動くプロジェクトだから、経済性の悪いプロジェクトは持続可能でない。
あとアメリカがサウジアラビアの直接駐留軍をイラク戦争以降、完全撤退したことも大きかったのだろう。
ビンラディンのテロの理由が聖地マッカとマディーナのあるサウジへのアメリカ軍の直接駐留への抗議であったから、その点、オサマの主張は通った結果になったともいえる。

これだけ中東が戦争でめちゃくちゃになっても、その実態は国内では報道もされずなかなかイメージできないが、テロリストがアメリカ国内を戦場としようとするのは、戦争を一般人に対して可視化させるという効果も狙っているのであろう。これはISなんかがyoutubeで殺戮シーンを流すのもおそらく同じで、戦争の可視化、殺戮行為の可視化を狙っている。古来より残虐行為は心理作戦として、軍事的に劣勢な方が行う戦略だ。
これは、まさに恐怖=terrorを与えることが目的の軍事的戦術といえる。
posted by libertarian at 20:42| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする