2017年10月29日

アウトドア料理

低温調理をしていて思ったが、アウトドア料理とは、ようするに低温調理なのである。
七輪や焚火の上の遠火で肉などを焼くときは、200℃より低い低温で調理している。
実際に温度を計ったわけではないが、焼き鳥などを焼く時間が普通より長くかかることから考えて、その位の温度だろうと思われる。
この結果、肉がうまく焼けるのであろう。うまさが流れ出ない温度でじっくり時間をかけて焼くからうまいのである。これは燻製料理も同様であろう。

ところで、先ほどKindleで夏井氏の「炭水化物が人類を滅ぼす」を読んだ。前著からさらに仮説を展開した内容で面白かった。特に慧眼だと思ったのは、インスリンは血糖値を下げるためのホルモンではないという指摘である。
人間には、血糖値を上昇させるホルモンが5種類あるが、血糖値を下げる結果をもたらすホルモンはインスリンしかなく、それも実はインスリンの本来の機能ではない。そのためインスリンの分泌から血糖値が下がるまでに2時間のタイムラグが生まれる。この説は私にはかなり説得力が感じられた。

日本人はコメが主食と言われるが、主食の意味とはまさにMainな料理という意味かもしれない。
おかずは、コメをおいしく食べるためのふりかけのような役割になっているのである。
であるからして、糖質制限をしてご飯を抜くとおかずの味付けは薄味にしないとしつこすぎると感じる。
しかし、米はカロリーしかない栄養価の非常に小さいものである。パンや麺類も同様である。
これは、糖が中毒性のある嗜好性物質になっているからだ。現代人の腹が減ったという感覚は実は糖が欲しいという中毒性欲求だということが糖質制限をするとよくわかる。
ベジタリアンなんてものは、肉は食べないが糖質たっぷりの料理ばかり食べているわけだから、相当に健康に悪いだろう。もちろん、何を食べ何を食べないかは当人の勝手であるからどうでもいいのだが。ww

あと日本には江戸時代とかにいろいろと飢饉があったが、この時、救荒食物という制度ができたらしい。それは、米が不作の時に、粟や稗、麦、そばといったものを食べろとリストアップしているものだが、なぜか肉類が一切含まれない。そして、飢饉の際にはこういった植物を探して山に入り、栄養豊富な昆虫や小動物を全く捕らなかったらしい。これは、おそらく対米戦争の際の飢饉のときも同様であった。
私も対米戦争の際の戦中〜戦後の飢えの体験は実体験としていろんな人から聞いたことがあるが、なんで昆虫を食べなかったのか疑問であった。昆虫も食べつくされてたのかと疑ったが、要するに昆虫は食べ物の概念になかっただけなのだろう。
しかし昆虫というのは、先史時代の人類の基本食物で、どこにでも沢山あるもので、人類をはそれを食べていた。
小動物を捕るのは難しくリスクもあるので、どこにでも沢山いる昆虫を主食に食べていたらしい。意外と昆虫は海老とかカニみたいな味で結構な美味だそうである。w


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計量的料理法

料理もしくは調理といった方が正確かもしれないが、調理に関しては情報は最近多いが、ほとんどがかなりテキトーな内容であり、定量性がほとんどない。
テキトーなのは嫌いではないのだが、調理を化学と考えれば定量性が皆無なのは間違いである。
と、常日頃感じていたわけだが、別に料理が多少うまかろうとまずかろうとさしたる問題ではないのでそれでも構わないのだが、最近、低温調理、低速調理を知りはまっている。
低温調理は、恒温水槽にビニール袋に入れた肉をいれて低温加熱する方法であり、低速調理はガスを弱火でゆっくりと焼く調理方法である。
低速調理に関しては水島シェフの本を読んでそのとおりにやってみたところ非常にうまくいった。
低温調理に関しては、恒温槽を作る低温調理器具を購入したがまだ温泉卵しか試していない。w 当然ながら完璧な温泉玉子ができた。
低温調理と低速調理法は、温度管理と重量管理をかなりの正確さで行う。
そのため、0.01gから計量できるデジタル計量計も購入し、さらにフライパンの表面温度も測定できるように赤外線放射温度計も買った。w
昔はこういったものは高価であったが、今ではアマゾンで1000円−2000円くらいで手に入るのである。

水島シェフの低速調理法は科学的と謳っているだけあってなかなか合理的な説明がされているが、別にその理屈の全部に納得しているわけではない。私から見ればかなり怪しい説明もなきにしもあらずだが、結果的にうまく調理でき再現性もあるので、ほぼ間違いのない方法だ。

調理もこのように合理的、科学的に取り組むことが大事だということを痛感した次第である。w
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2017年10月19日

DIY クッキング

DIYもある程度やると作るものがなくなる。余計なものを作っても無駄なので、DIYは打ち止め状態になっていた。最近は、料理もDIYであることに気づき、少々はまっている。料理のDIYは終わりというものがない。w

そもそもキャンプに行くと、釣り、ハンティングといったはっきりとした目的がないと、屋外で料理を作るために行くような感じになる。こういったアウトドア料理もグルメの一種である。間に合わせで適当なものを作って食べるということではなく、食材やら調理具が制限された状態でいかにうまいものを作るかという制限付きグルメである。
海や川で魚でも釣ってそれをその場で調理するのができれば理想的だが、魚は釣れるとも限らない。そもそも釣りなんぞは昔釣り堀に行ってやったくらいだ。というわけで、最近は家で自分で料理をするようになった。

今は、クックパッドであるとか料理情報がネット上にはあふれているので、そういったものを参考にいろいろと考えて作るのが楽しい。大概のレシピは、やたらといろんな調味料や食材を使っているが、その手の料理は面倒なだけでなく、素材の良さ、素材本来の味わいがいきてない料理になってしまう。
つまり調味料も食材もあまり多くの種類を使うことなく調理するのが、結局、おいしくて素材の味を味わうことができる料理だ。

私は糖質制限をゆるくではあるが続けているので、ごはん、パン、麺類の料理は原則として作らない。たまに作るくらいだ。これらをメインにした食事だと料理も楽だが、糖質制限食の場合、いろんな料理を作って食べるようになる。
最近、ランセットという医学誌に糖質制限を肯定する論文がでていたそうだ。その論文は読んでいないが、やはり糖質制限が正しいという結論らしい。そもそも何を食べるか、また何を食べないかは本人の勝手であり、他人がどうこういうべき問題では決してない。

糖質制限食の場合、特に味噌汁、スープ類が大事だ。そもそもご飯と味噌汁という朝食の組み合わせにおいて、精白米は栄養がほとんどないが、味噌汁は栄養の塊だ。本来はご飯を抜いて味噌汁だけ食べた方が何百倍も栄養は充実している。だが、味噌汁抜きでご飯とふりかけみたいな朝食をとっている人の方が多いだろう。w
味噌汁は出汁の取り方でコストも味も大きく変わる。削り節や昆布から毎日作るのが面倒な場合、市販の顆粒出汁でも問題ないが、水抽出出汁という方法を覚え、最近はそれを多用している。これは昆布や煮干しを水につけて冷蔵庫に一晩入れておくだけという方法で、抽出効率は低そうだが雑味のないすっきりとした出汁がとれる。
しかし最近はスーパーには出汁入り味噌ばかり売っている。私も使ったことがあるしそんなに悪くはないと思うが、出汁の出来を楽しむというのがDIYクッキングである。w

玉子料理も頻繁にする。玉子はコレステロールの元凶だというデマが流布されていたが、それは完全なるデマであり、そんなデマを流布させてどこからも批判のでない医学村というのはやはりおかしい。
玉子は1日10個でも何個でも好きなだけ食べて問題ないのである。玉子は100点満点の完全栄養食であり、調理のバリエーションも広い。玉子は感謝して食べなければならない。少し昔は玉子は貴重品で、それこそ毎日食べられるようなものではなかったのである。

私は基本あまりグルメに関心はないのだが、料理をするようになってから本当のグルメはやはり自分で料理を作るべきだろうと思うようになった。そもそも自分で料理ができない人間が料理を理解できるはずがない。

料理もつきつめると、調理よりも素材主義に行きつくのであろう。和食の場合、寿司は究極の素材主義だ。アウトドア料理もある種の素材主義料理だろうと思う。
日本人は馬刺しなんてものまで考えてしまうわけだが、最近不思議なのはなぜ鹿肉がないのかだ。鹿とかキョンであるとか増えすぎて困っているそうだから、肉にして食べてしまえばいいと思うのだが、鹿肉を置いている店はみたことがない。私は鹿肉はいままで一度も食べたことがないが、実は非常に美味だそうだ。
posted by libertarian at 11:07| 東京 ☔| DIY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

ミアシャイマーは自覚のないリベラルである

ミアシャイマーの本というか文章は非常に読みやすく曖昧さが少ないのでわりと好きであったが、やはりミアシャイマーはリベラルと分類するのが妥当だ。。というのが私の結論だ。w
もしくはリアリストを自称するリベラルとでもいうべきか。w
ミアシャイマーの論文を読むとわかりやすいが、なぜか奇妙な違和感が残ったのは、要するにミアシャイマーがリベラルだったからなのだ。

キッシンジャーも自称リアリストだが、キッシンジャーの罪はあまりに重い。ニクソン政権で行われた米中関係の修復なるものは、間違いなくキッシンジャーが推した案であり、このことが世界にどれだけの被害、損害、膨大なる悲惨な死者をもたらしたかを考えるとキッシンジャーは万死に値する罪を犯した。だが、キッシンジャー自身はコミュニストというわけではなく、イデオロギー中立、相対主義の幻想をもった実のところ右も左もよくわからないリベラルの一種だったのだろう。アメリカはソ連を叩くのにチャイナを利用したが、同時にアメリカはチャイナに利用されてソ連を叩いたともいえる。ソ連を叩いて利益となるのはチャイナだったからである。アメリカはソ連を潰した後、情け容赦なくチャイナを叩き潰すべきであったが、その後、クリントンの左派政権になってしまったためにチャイナを叩くタイミングを失しチャイナに篭絡された。好色なクリントンがチャイナのハニートラップに喜んでかかりまくっていただろうことは間違いない。w

ミアシャイマーも自称リアリストだ。もとより何をもってリアリストなのかの定義はさだかでないが、実はイデオロギーを考慮しないという一見イデオロギー中立的なスタンスがすでに右も左も分からないリベラルの証拠といえる。ミアシャイマーの議論には例えばハイエクのような政治哲学の話は全くでてこないが、それは実際問題、そういった理解がミアシャイマーに何もないからだろう。w

つまるところミアシャイマーは経済や法律、歴史の専門的なところは何もわからない軍学者といったほうがいい。彼のセオリーなるものは、日本語で言えば仮説といった程度の話である。もっといえば、「作文」程度の話といえる。
例えば、ミアシャイマーはチャイナが経済的にGDP世界2位になったとか、軍事費がどうのこうのとかといった数字を無批判に引用して自分の論拠としてる。これはキッシンジャーがその当時、共産主義陣営の情報戦の一環として喧伝されていた共産主義の経済力やら勢いをうのみにしていたのと同じだ。
ミアシャイマーはチャイナの台頭を阻止することはもはやできないとか、チャイナによる台湾の併合はもはや止められないといった悲観的な結論を導き出す。
これはキッシンジャーらが唱えた、ソ連の台頭、共産主義の台頭を抑えることは無理で、共産主義圏との戦略的な妥協、容共路線をとるしかないといった主張とパラレルである。

ようするに彼らIRという似非学問の専門家達は議論における最も肝心な数字を他人の適当な話をそのままうのみにして論拠とするという非科学的なことを平気でする「秀才」なのである。

ミアシャイマーの根拠薄弱な悲観論、運命論をまともに信じてしまうと、キッシンジャーの容共論と同じコースを歩むことにつながるのである。
posted by libertarian at 00:31| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

近い将来のあるべき世界について

今から2040年くらいまでに、世界はこうなっているといいなという像を考えてみる。
そんなに遠くない未来であるから、SF的な話でもない。私もまだ死んでいないかもしれない。w
まず、東アジアだが、北は消滅していて、朝鮮として統一されている。
その朝鮮は、相変わらず反日であり世界の嫌われ者だが、特に大きな火種とはならない状態になっている。w

そして、チャイナだが、チャイナ共産党は北の消滅後、西側の工作と内部からの反革命が起こりやはり消滅しているというのがよい。w
チャイナは共産党の消滅後、分裂し、複数の国に分割する。それぞれの国はまっとうな法治国家としてスタートする。ウイグルやチベットなどは独立し、チャイナ本体も3つくらいに分割され別の国になる。分割された国はまっとうな自由主義を謳う国ではあるがまだ経済途上国の状態だ。3つの国は元チャイナ共産党が保有していた核を分散してもつことでリージョナルな核均衡をしている。
台湾は正式に独立国家となり、国際的な地位を確立する。

世界で共産主義、社会主義を謳う国はアフリカの途上国のみとなっている。

中東の混乱は続いており、終わりは見えないが、北の消滅によりイランの核戦略はとん挫し、イランの核の脅威はとりあえず収まっている。北とチャイナ共産党の消滅により資金提供が途絶えたイスラム過激派によるテロの脅威も下がっている。

ヨーロッパではEUが実質的に消滅し、元の自由貿易同盟だけになっている。
ドイツはEU消滅後停滞し、東ヨーロッパ諸国が伸びている。

アメリカは、北の消滅後、チャイナ包囲網を敷き、レーガンによる対ロシア戦同様に対チャイナ共産党に対し特に直接の軍事行動を起こさず勝利する。既にアメリカはオフショアバランシング戦略へ完全に転換している。

そして日本だが、憲法9条の呪縛を脱し、正式な国軍を持ち核保有国となっている。チャイナ共産党と北の消滅により日本国内の左派、社会主義、共産主義勢力はほとんど壊滅している。NHKは廃止され新聞社も全て潰れており、電波オークションの導入以来TV局は数百局生まれている。そして日本はようやく小さな政府に向かっている。

今から20−30年くらいの変化を考えれば、このくらいの変化はありうるだろうし、いくつかは実現しているといいと思う。 www
チャイナ共産党と北というテロと共産主義の胴元にして悪の根源が壊滅されることで世界は急速に自由主義へと回帰していくはずである。
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2017年10月13日

自衛隊は特殊警察隊に過ぎない

今の緩衝地帯と化している日本の最大にしてほとんど絶望的な問題は、日本に軍隊、国軍がないということに尽きるわけだが、日本はいつまでこの状態が続くだろうか?
自衛隊が、戦闘機や戦車をいくら保有していようとも残念ながら自衛隊は軍隊(Army)ではなく、戦闘機や戦車をもつ警察隊 (Police)に過ぎない。また自衛隊がいかに相対的に見て優秀であろうと自衛隊は軍隊ではないから、国防能力もゼロである。
自称保守で自衛隊が大好きな連中は自衛隊を素晴らしいと賛美はするが、自衛隊が法律上の軍隊でないということが致命的な問題であることをほとんど認識できていない。連中は法律というものの重さを知らないのである。

今の自衛隊を国軍にするためには、憲法9条を削除するなりして、正式な軍隊にする法律を作らなければならない。当然に軍法も必要だ。このプロセスは今の日本の状態からみてかなり気の遠くなるような大変さがあると思われる。
しかし、チャイナや北は待ってはくれないので、近い将来、有事が発生し、その有事に対し一切なにもできないことになるだろう。自衛隊は防衛出動も何もでない状態で指をくわえてみているしかない。

自衛隊という呼称もよくない。国防も自衛もできないのだから自衛隊は、特殊警察隊(Special Police?)とでも改名した方が変に期待されないだろう。日本人は自衛隊といっても実は世界有数の軍隊であり、いざ有事となれば軍隊として行動するのだろうと薄々期待しているわけだが、現実はそうではない。もし事が起こっても防衛出動が発動される前に電撃的にチャイナによる軍事的な侵略は完遂してしまうのである。中距離ミサイルの攻撃に対しても有効な反撃は一切できないのである。

その点、次の選挙は重要になる。左派勢力がかなり数を減らすだろうという予測はあるが、どうなるだろうか。
選挙の結果、安倍首相が続投できない状況にでもなれば日本はほんとの意味で危機に陥ることになる。
今の日本の状況は将棋でいえば、詰めろをかけられた状態だ。詰めろがかかっていることもわからずに、なにも有効な手を打たなければすぐに詰んでしまうのである。
posted by libertarian at 16:49| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

法の支配とデモクラシー

法の支配は、デモクラシーに対する上位概念だが、なぜデモクラシーが金科玉条のごとくに言われ、一方の法の支配があまり言われないのかと考えるに、これは古代ギリシャのアテネのデモクラシーの影響ではないかと思うに至った。
古代ギリシャは神託政治でありオリンポスの神々のお告げを聞いていたわけだ。古代のアテネには、現代の法の支配の概念はなかったが、デモクラシーのような制度のようなものはあった。そして古代ギリシャを崇める結果、デモクラシーが過大評価されるようになったのではないかというものだ。

しかし、神託政治と法の支配の比較をするならば、現代の法の支配の概念は神を前提としない。一方、古代ギリシャのように神々の世界が広く信じられている社会では神託と法の支配は似たような意味をもっていたのかもしれない。具体的に古代ギリシャの神託政治がどのようなものであったか知らないが、映画などのイメージからすると、かなり呪術的なものであったと思われる。

現代の法の支配の概念は、ヨーロッパでどろどろの宗教戦争を通して生まれた宗教に対しニュートラルな概念なのだろう。
もとより「法の支配」の概念は、イギリス起源の概念だろう。
例えばモンテスキューにしても生まれはフランス人だが、イギリス人といった方がよいかもしれない。フランスとイギリスは歴史的にずっと対立しているようだが、実際は兄弟国のような関係にある。人種も宗教も言語も全く違うがフランスとイギリスはセットで考える必要がある。ここら辺の関係は分かりにくいので私もよく知らないが、西ヨーロッパを把握するうえで大事なポイントであろう。
posted by libertarian at 12:12| 東京 ☀| Law | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

日本は南朝鮮の司法をあまり笑えない

日本が緩衝地帯(50%)であるのは歴然とした事実だが、このことの結果なのか日本の司法は非常に問題が有る。根本的な欠陥があるといっても過言でない。
100%緩衝地帯である南朝鮮の司法がめちゃくちゃであり殆ど司法の体をなしてないのは、最近よく耳にするが、日本も実際の所、司法はダメダメであり、あまり南朝鮮を笑えない状態だ。
日本の司法は三権の一角ではなく、行政の下部組織のような位置づけにある。

例えば、秘密保護法のようなものが必要なのは事実だが、実際問題、日本の司法の有り様からして、これが危険を伴う法律であるのは、左翼の言っているとおりで案外正しいのである。
本来であれば、秘密保護法のようなものを導入することの補償として、取り調べの可視化であるとかをセットで導入すべきであった。こういった提案をするのが本来の野党の役割でも有るが日本は野党が全く機能していないのでまともな政策競争が一切行われない。
日本では刑事で起訴されたらほぼ同時に有罪確定というのは、司法が全く機能していないのである。

日本は立法府が、その時の内閣の力量にのみ全面依存しているので、立法能力が不安定であり、また司法がほとんどまともに機能していないので、日本社会の政治的な自由とは実際問題、かなり不安定なものにすぎない。
これは権力の監視といった左翼が言うようなことをすればどうにかなるものではなく、もっと構造的なものだろう。


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電波オークションの導入を急げ

今の日本に政治的な課題は憲法改正とか大きい問題が控えているが、順序としては私は電波オークションの導入が先行すべきではないかと思う。電波オークションの導入は単に制度的な問題なので、国会の中だけで決めることができるはずだからである。

電波オークションの導入で必要なことは、色々有るが思いつくままに書くと

1.電波帯域の見直し → 広大な電波帯域がTV用に独占的に使われているが、これを大幅に減らしながら、同時にインターネット、スマホ、ケータイなどが使う帯域の割当を大幅に増やす必要がある。こういった帯域の再配置の見直しはゼロベースで合理的に行う必要がある。そして、電波オークションはケータイ事業者やラジオ事業者など全ての電波利用事業者に対して行う必要がある。そうなると今の寡占状態で超過利益を得ているケータイ事業者なども電波オークションには反対してくるであろう。w

2.TVメディアと新聞との資本関係の分離 → これは欧米では当然に行われていること。日本はTVと新聞が同じところがやっているので質が悪い。ごく一部の左翼活動家どもが新聞やTVメディアを乗っ取ることで悪質な政治プロパガンダに使われている。

3.放送法の廃止 → 現行の放送法は、電波帯域を特定の事業者に独占的に使わせる代わりに、放送法でTV放送局を法律で規制する仕組みだが、現実問題、これは全く守られておらず、罰則規定も殆ど無い。参入自由な電波オークションを導入すれば同時に放送法も無用となる。

4. NHKは民営化 → 電波オークションとは直接の関係はないがNHKは民営化か廃止の方向で早急に動くべきである。

日本のTVメディアはごく一部の左翼連中のプロパガンダ機関と化し、恐るべき特権と権力を持っているので、電波オークションの導入により早急にリセットをする必要がある。
また電波オークションの導入で得られる収入は数兆円レベルの国庫収入となる。
これはおそらく高橋洋一氏の国のバランスシートの財産の部にもまだ入っていない分だろうw

左翼に乗っ取られたメディアの自由化による正常化を先にしないと、まともな政治改革がなにもできない状態となっているので、これを急いで先行させるべきである。


posted by libertarian at 11:56| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする