2018年05月09日

星の写真

最近は星の写真に少し嵌っている。
星景写真とか天体写真といったものだが、デジカメのお陰でフィルム時代の大昔に比べて劇的に敷居が下がっている。
というより、不可能なことが可能になったといった方がいいか。
とはいえ、日本の都市部のような光害地帯では微弱な光の星の写真を撮るのは極めて難しい。S/N比が悪すぎてただでさえ難しい撮影が、絶望的なほどに困難になっている。そもそも都区内では1等星がなんとか見れるという位で、夜空のバックグラウンドは2−3等星くらいの明るさがありそうだ。
このようなハードルの高さに敢えて挑戦して撮影している人もいるが、そういうのはほんとに上級者であり機材も技術も高い人でないと無理だろう。
結果、暗い夜空を求めて遠征しなければならないわけだが、それもなかなかに大変なのである。

天体写真関係のBlogも最近よく見るが、こういうものに入れ込んでいる人たちのレベルの高さに驚かされる。
もともと理系の研究者や技術者だという人が多いと思うが、その科学的な理解度と技術レベル、創意の高い工夫にびっくりする。
ガリレオの時代、否もっとずっと古代より、天体観測は最先端技術であり最先端科学であった。
天体観測と光学技術は一対のものであり、光学技術を高めることが天体観測の進歩と同じであった。
これは現代もそのまま当てはまる。日本はスバル望遠鏡のような補償光学のトップランナーだ。こういった最新の地上望遠鏡の性能はすでにハッブル宇宙望遠鏡を凌駕している。
日本ほどアマチュア天体観測家のレベルが高く、また層の厚い国はない。近年では新星の発見は世界的に研究機関より日本のアマチュア天文家がリードしてきた。

天体観測というと大きい望遠鏡を買ってきて空を覗いてるだけという位のイメージかもしれないが、ほんとは物凄く奥の深いもので科学そのものといえる。天体観測は精密科学技術である。
天体写真に興味を持つと、機材にかかるコストも非常に高く天井知らずだが、その沼に嵌る人達の気持ちはよくわかる。w
天体写真1枚を撮るのにかけるコスト、時間、労力は半端ない。

私のように車を手放してしまった人間はそうそう自由に遠征もできないし、手荷物で遠征するといってもそんなに重い機材を持っていけないので結果、光害地帯でも可能な惑星観測になる。
天体という自然観察の感動のようなものに加え、それをうまいこと写真に撮るということの技術的な難しさがチャレンジングなのである。
今は巷に凄い天体写真が溢れているが、単に見るのと自分で撮るのとでは全く別次元のことだ。
posted by libertarian at 03:07| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする