2018年08月20日

地球

地球は卵のような構造で中心に鉄の核がありその周りにマントルがあり、外側に殻の地殻がある。
なんでこんなことが分かるのかというと地震波を分析することでわかってしまうのである。マントルは橄欖岩でできている。橄欖岩はペリドットという宝石だ。地表に出てくることはあまりないが変性しやすく地表にでてくると蛇紋岩になってしまう。しかし地殻を取り除けば地球は透明な緑色に輝くペリドットの宝石の塊だというのはもっと知られてもいいかもしれない。
地殻は海洋と大陸で組成が異なり、海洋の地底は玄武岩であり大陸は花崗岩が主である。比重も橄欖岩、玄武岩、花崗岩でそれぞれ3.3g/ml,3.0g/ml,2.7g/ml。地球の岩石の80%は橄欖岩だがその上に軽い玄武岩、花崗岩がアイソスタシーの順番で積み重なっている。マクロにみれば岩石にも浮力の法則が成り立つ。
勘違いされているがマントルはマグマのように熱い溶けた石ではなく橄欖岩からなる岩石だがこれも対流の条件であるレイリー数が高くゆっくりとだが流体のように対流できる。

石というのは子供の頃集めていたこともあり興味は潜在的にあったがなかなか石の同定とかは難しい。石は数千種類以上あると分類されているが、あまり正確な分類の基準がない。
また地球の岩石はほとんど80%以上は橄欖岩だがそれを地表ではあまり見ることができない。しかし玄武岩も花崗岩も橄欖岩が元でそれが変性してできるらしい。だから基本はこの3つだけ抑えておけばいい。

宇宙研究もいいが、地球の内部というのは宇宙以上に研究の難しい対象だ。石油の起源も未だに何も分かっていない。生物起源、無機起源説があるが、私は無機起源説がやはり正しいだろうと思う。メタンのような宇宙に大量にあるガスまでを生物起源とするのはどう考えても不自然だ。
トマス ゴールドの無機起源説については以前このブログにも纏めた。
http://libertarian.seesaa.net/article/128472700.html

宇宙の生命探査はNASAが最近大々的に取り組むようになったが、生命もパンスペルミアのような宇宙起源という説もある。私はこれもパンスペルミア説が正しいと思う。w
ただし、生命についてはあのゴールドの唱えている地底高熱生物圏という説もある。
生命の存在する環境の限界はどんどん更新されているが地底深く、地殻を超える深さとなると調査もできない。海底の熱水噴出孔が地球生命の誕生したところだろうと言われているが、ゴールドはもっと深い地底に高熱生物圏があっても不思議ではないとまじめに主張している。
地球科学とか地学という分類もおかしくて本来地球も惑星の一つだから惑星科学の一つとして捉える必要がある。
生命科学も惑星生命学の一つとそのうちなるだろう。

#石油やメタンガスが惑星起源とすると地球ができた時は高熱の火の玉だったのだから燃えているだろうと思うかもしれない。
しかし、地球ができた時はまだ酸素=O2がなかったので燃焼はしない。酸素が作られるのはずっと後でシアノバクテリアが作り出すまではほとんどなかった。


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2018年08月17日

重力波天文学

アインシュタインの予想した重力波が2015年にLIGOにより初観測されたが、その後も4回の重力波検出に成功している。3年で4件とはハイペースだ。これは今後さらに感度を上げることで射程を広くしていくのでもっと高頻度での観測がされるようになるだろう。重力波望遠鏡と言われるが実際は望遠鏡というよりも全方位集音マイクと言った方が正しく、重力波は見るのではなく聞くものと言われる。望遠鏡は空の一点を注視するわけだが、重力波は全方位から届く音を目を閉じて聴いている。だからどこでイベントが起こってもそれを察知することができる。観測の射程が広くなれば、その3乗の体積で観測可能領域が増える。3つ以上の重力波検出器を使えば重力波がどの方向から来たかを大体のところで推定できるので、あとは望遠鏡でその領域を探査するという流れになる。
#アメリカにLIGOが2つ。イタリアにVirgoが1つあるので既に3つある。

重力波はあるかどうかも未検証だったが、いきなり実用的な千里眼というか千里耳を手に入れたことになる。
日本でもKagraという3Kmレベルの大規模重力波検出器をカミオカンデのある神岡鉱山の地下に作るので、世界的に重力波検出器は建設ラッシュだ。
三鷹の国立天文台にも小規模だが重力波検出器はあった。私が2013年頃に見学に行ったときにも見たが、まさかその2年後に検出されるとは思っていなかった。どうしてこれで検出できるのかなと不思議に思ったくらいだ。w
仕組みはマイケルソンモーレーの干渉計とほぼ同じ原理らしい。
しかし重力波検出はカミオカンデのニュートリノ検出のような悠長な観測をするものかと思っていたがこれほど高頻度での観測が可能だったとは意外だ。

重力波検出器を宇宙空間に設置しようと現在計画されているそうだが、これほど宇宙に設置するのがふさわしいものもないだろう。宇宙は最初から真空だし、いくらでも長距離にして感度を向上させることができる。従来の望遠鏡は電磁波を観測するものだったが、重力波という異次元の波を観測できるようになったことは天文学における画期的なイノベーションだろう。

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2018年08月09日

超マクロな話

最近は宇宙、天体、地球科学といった超マクロな本ばかり読んでいる。地球科学は宇宙に比べたらミクロな話ではあるが、一般的な感覚からはやはり超マクロな話だ。
ここ10年ー20年で急速にこの分野の知見は深まっているという印象があり30年くらい前とは隔世の感である。
科学の発見は観測装置、測定器具の進歩にドライブされる面が大きく、この20年位の測定機器の進歩に対応しているのだと思う。天文学などは望遠鏡システムに始まり望遠鏡システムに終わるといっても過言ではない。
望遠鏡システムとは鏡筒、三脚、経緯台、赤道儀、カメラ、コンピューター、などの一体となったものである。鏡筒だけ高性能でもそのほかの性能が悪ければそこで律速性能になってしまう。望遠鏡はかなり枯れた技術で光学的に本質的な進歩はほとんどないと思うが、製造技術が進歩すればやはり精度が向上する。

こういったマクロな世界から見れば人間などどう見ても微生物の一種だが、その微生物が宇宙の始まりから終わりまで、また地球の内部構造、地球がどのように出来て将来どうなるかまで理解しつつあるというのが、特異な微生物である所以といえよう。

ところで過去の古代文明ではマヤ文明、メソポタミア文明、エジプト文明でも天体観測を国家レベルで熱心にやっておりそれはヨーロッパ文明にも引き継がれていた。しかし日本ではあまり天体が熱心に取り組まれていたように見えない。江戸時代に暦の改暦などでヨーロッパの知見を取り入れることが行われたが、それも最近の話だ。昔の日本人はなぜあまり天体に関心がなかったのか不思議と言えば不思議だ。

英語では恒星はfixed starsと呼び、惑星planetsと区別する。惑星は非常に明るい星だから識別しやすいが、天球に固定されたように動かない星fixed starsとの違いを認識するのも簡単ではないと思う。そもそも日本では惑星と恒星の区別すらあったのかどうかも疑わしい。惑星、恒星といった言葉は明治以降の言葉だろう。木星、土星といった惑星名も明治以降だろう。
# ググったところ、水星 金星 火星 木星 土星は五行説に基づく中国名を使っていたらしい。

天体の知識は20世紀半ばあたりから急速に増え、系外銀河の存在が認識されたのもハッブル以降の最近の話だ。
さらに系外惑星はようやく1992年に初めて観測された。太陽のような恒星の周りに地球のような惑星があるのは当たり前だろうと思っても、技術上の理由で観測ができないのであるともないともつい最近まで言えなかったわけだ。
これは生命のようなものも同様で、生命など宇宙にあるに違いないと思っても観測ができない以上、あるともないとも言えない。これはいまだにその状況にある。現実的に人類が到達できる星は太陽系の中の星に限定されるから、土星の衛星エンケラドスやタイタンのようなところに生命を見つけることができなければ、観測は不可能で終わりということになりそうだ。しかし、もし微生物の一つでも発見できれば人類史上最大の発見ということになるだろう。生命は地球以外の天体でも発生しうるという情報を得るからだ


posted by libertarian at 12:10| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする