教育システムはほぼ完全に左派に簒奪されており、自由への脅威の最大要因となっているのは間違いない。
政府に対する信頼と権力への追従、公益なる概念への無批判の追従、全体主義道徳の刷り込みと、ありとあらゆる面で、学校システムは国民を従順で愚かな奴隷にすることが、その目的だ。
教育システムは社会的に無価値どころか巨大なマイナスを作り出しているのである。高度成長期にはそういう人間が社会的に大量にいたが情報社会では違うと言われ続けてきたが、私の印象では、この傾向は前より強まっている気がする。
そして現状では全ての人間が学校教育という洗脳過程を経て社会に出ることになる。
そのため、どこかで学校教育をUnlearnする必要が必ずある。
だが、Unlearningというのは、かなり大変なことだ。
子供の頃からすり込まれた信念、偏見は消しがたい。Unlearningには、過去に投入した時間や努力のサンクコストを捨てる努力が必要だ。とくに歳をとればとるほどそれは心理的に厳しくなるだろう。そもそも他の皆と同じようなことを思って感じていることが大衆には居心地が良くリスクが少ないのだ。特に全体主義社会では、それが社会常識ともなる。
結局、Unlearningの過程では少しずつ間違いを学びながら、考え続けるしかない。
また日本では、そういったことを学ぶ機会がどこにもないし、本もあまりでていない。
だからリバタリアンとしては、そういうものを多く紹介するという地道な活動を続けるしかない。
蔵研也氏が、Freedonomicsを紹介しているが、これなども良い教育価値があるものだ。
http://www.gifu.shotoku.ac.jp/kkura/Freedomnomics%20summery%20trans..pdf
レヴィットの「やばい経済学」という本のデタラメさを的確、冷静に批判している点や、正しい経済学的な思考について、普通の人にはレビットの愚本よりも遙かに驚くべき事実が書かれているに違いない。
そもそも近代経済学は、文系人間の数学コンプレックスを利用して今の地位を築いたわけだが、それらは本職の数学者からみれば、無内容なこけおどしにすぎないと見られることが多いのだ。
むしろ経済学で重要なのは、独特のロジックだ。経済学には経済学特有のロジック構成があるので、これを知るのと知らないのでは大違いだ。
またBastiatの「見えるものと見えないもの」と、「ロウソク職人の請願」も翻訳されていた。一読をお勧めする。
http://www.gifu.shotoku.ac.jp/kkura/seen,unseen,bastia.pdf
http://www.gifu.shotoku.ac.jp/kkura/bastiat%20pepetion.pdf


