2008年12月24日

Red Swan

 No amount of observations of white swans can allow the inference that all swans are white, but the observation of a single black swan is sufficient to refute that conclusion." -David Hume
(訳)白いスワンをいくら沢山見たところで、全てのスワンが白いという推論は成り立たない。
しかし、たった一匹の黒いスワンをみれば、この推論は間違っていると言うことができる。

これはタレブーの「ブラックスワン」のタイトルの由来にもなっているヒュームの言葉だが、これは背理法を説明したものだ。
さらに一匹の黒いスワンをみつけたところで、スワンの色には黒と白しかないといった結論にはならない。もしかしたら赤いスワンや青いスワンもいるかもしれない。

では、"Red Swan exists"=赤いスワンがいる(だろう)という推論(=命題)はどうか?赤いスワンをみつければこの命題を立証できるが、一方でこの命題を否定することもできないし、反証もできない。
つまり、これは背理法によっては否定できない命題で、この命題には、赤いスワンがいることをポジティブに立証することしかできない。赤いスワンがいないことは立証できない。
#ちなみに、地球上の全てのスワンを捕まえれば反証できると考えるかもしれないが、それはヒュームのブラックスワンの例と同じで、1匹の反証を見つけることで覆されてしまう。つまり、どんなに沢山のスワンを捕まえてもそれが全てだという推論=主張はできない。


ランドのオブジェクティビズムにおける、”A exists" または "Existence exists"という命題は、このRed Swan existsと同様に立証は可能かもしれないが、反証も否定も不可能な命題と思われる。
私はランドのオブジェクティビズムに詳しくはないが、アインランドのオブジェクティビズム(Objectivism)では、このExistence existsを第1命題としているのは有名だ。この命題がランドのいう客観性(objectivity)の意味で、いわゆる科学的客観性とは意味が異なる。
宗教で”God exists”とは、”A exists"と同様に否定も反証もできない存在命題と考えられる。
ランドのObjectivismは(似非)宗教的なものだろうと、悪口をいわれたりしているわけだ。
#しかしこれは、左派からのいちゃもん的な批判にすぎない場合が多いだろう。
ここで、ランドは存在論から入り、A existsを立証する人間の行為を人間行動のポジティブな原理として考えているように思われる。
そして、このAとは、観念的な概念というより、物質的なイメージが強い。

posted by libertarian at 21:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | AynRand | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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