2009年03月07日

Codes

アナルコ キャピタリズム研究(仮)より

私的財としての法(翻訳)
http://anacap.fc2web.com/LawAsAPrivateGood.html


1つの裁定会社は警察ごとに異なるコードを提供するかもしれない。それゆえコードの数は裁定会社の数より大きくなることがありうる。一方、もし市場が単一な法のもつ単純性や予測可能性を好むなら、多くの裁定会社は単一なあるいは似たようなコードを採用するだろう。


anacapさんの翻訳解説は非常にわかりやすいので、ありがたい。

ところで法律=Codeを考えた場合、今のITシステムのように、統合と分散の流れを繰り返していくだろうと思う。
ITシステムでは、この統合→分散→統合→・・といったサイクルが繰り返されて進化してきている。
統合化が煮詰まれば、さらに柔軟な分散システムが考え出され、それが再統合されという進化が起こっていると考えられる。
法も同様だろう。

アナルコ キャピタリズム研究(仮)の次のリンクから引用すると。

アナルコ・キャピタリズムはどう機能するか(翻訳)
http://anacap.fc2web.com/HowWouldItWork.html

アナルコ・キャピタリスト間での主な相違は、おそらくロスバードの自然法アナーキズムとDavid Friedmanのより経済学者らしいアプローチとの明らかな相違から生じている。ロスバードは一般に認知されたリバタリアン法の必要性を強調する。(彼は英米のコモンローを純粋化することでそれがかなり容易に生成されると考える。)一方フリードマンは、社会における多様な人間たちの需要に応じた、共存する多元的法システムの可能性を強く説く。しかしながら、これらの相違はおそらく言いすぎである。ロスバードは、消費者の需要が哲学的に中立な法律内容を合理的に決定すると信じる。(例えば訴訟手続きのように。)水に関する法律や鉱業法など、所有権の定義をともなうテクニカルな問題においても同様である。フリードマンは、広く行き渡った規範などの「フォーカルポイント」が各法典の内容を制限し、またある程度標準化するだろうということを認める。

やはり(民間の)法の間である程度の標準化が起こりつつ、かつ一元化されずに多様性を保つことが重要だ。
知的財産などの現代の難問も、このようなDecentralized legal order によって解決するしかなく、一元的な法による解決を探るのは、間違った問題の立て方、努力になるはずだ。
現代のITシステムのCodeの進歩のあり方は、法にも可能なはずだ。

posted by libertarian at 10:34| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Law | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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