2011年04月16日

Fukushima daiichi

福島第一の事故が起こってから1ヶ月以上がたつが、もはや破局しか結末はないだろう。破局とはいろんな形があるだろうが、状況は日を追って悪化の一途であるから、どのような形であろうとこの先にあるのは破局としか考えられない。一気に放射能をばらまくか、緩慢に放射能をばらまくかの違いであって、閉じ込めはもはや不可能のように思われる。

ネットでも様々な意見が乱れ飛んでいたが、結局、海外メディアの報道が一番的確であった。
日本で比較的にマトモなことを言っていたのは、私の知る限り武田邦彦氏か。あと、反原発の雄である広瀬隆さんの意見も貴重だ。上杉隆さんの活動も素晴らしい。高木仁三郎さんの作った原子力資料室のUST中継もいつも見ている。

日本の政府報道は言語同断であり、言論統制、情報隠蔽、安全デマと全てが犯罪的である。
東電を初めとする日本の電力会社の腐りきった体質と共にその腐敗ぶりが露骨に現れていた。
私は大学時代、反原発に少し入れ込んでいたこともあり、高木仁三郎さんや、様々な反原発の人の著書を読み、講演も聞いていた。もちろん広瀬隆さんも当時から有名であった。
ただ、反原発やエコロジー運動というのが、当時の左翼の溜り場となっている観が強かったし、エコロジーなどのイデオロギーに結びつき、やはり左翼活動の域をでないと思っていた。
今でも脱原発を主張している政党は社民や共産しかないというのが厳しいところだ。誰も脱原発して共産主義政権になりたいとは思わない。この点、依然として脱原発、反原発が左翼と強く結びついた現状は選択肢を運動の可能性を大きく狭めているようにみえる。
しかし、めげずに反原発活動を続けていた広瀬隆さんなどはやはり大した人物なのだと今は思う。彼は昔からイデオロギーの匂いがしない人だった。
実際、彼らの献身的な活動によって日本の原発開発は大きく後退をさせられきたようだ。今は広瀬さんに誰も頭が上がらないはずだ。

日本のエネルギー行政、原子力行政を、経産省の産業政策の大きな一つとして見る視点は重要だと思う。
原子力行政は、旧通産省時代からの最古の産業政策の一つであり、最も長く続いた、そして最も最悪の産業政策だった。
産業政策は、基本的に経産省や業界団体の間で密室の中で行われるから、市民の声などを取り入れる仕組みには全くなっていない。原子力行政で行われてきた、御用学者、御用委員会によって一方的に進められるスタイルは産業政策の特徴である。
基本的に、今度の事件を最後として、経産省そのものの解体、産業政策を行う省庁としての経産省を解体するところにまで持っていく必要があるだろう。

東電を国営化することは当然であり、それが東電の負担を最大化する方法である。これを電力業界全体の問題として、発電、送電、配電の分離を行い、発電、配電の自由化をするのが正しいだろうし、世界の常識だ。
そうして東西のヘルツを統一化すれば、発電会社の地域独占など不可能になる。
この50/60Hzの分離はあきらかに地域独占を守るために維持されてきたものに過ぎない。

日本で、このように原発が過激に進められてきて、アメリカなどでは原子力はスリーマイル島事故以来、1基も作られていない。
これはなぜかというに、アメリカでは反原発活動が勝利したというよりも、原発の保険料金が高騰しペイしなくなったことが大きい。マーケットメカニズム的にペイしなくなったわけである。
一方日本では、電気事業法により、設備投資額をベースレートとして、その7−8%の額を電気料金として徴収してよいという法律が、電力会社にたいする原発推進の強烈なインセンティブとなった。火力に比べて遙かにコストのかかる原発を建造することが、利益を上げる上で決定的な要因となっていたのである。さらに、保険の問題も、民間保証ではなく政府保証があり、クリアされていた。
その結果、日本の電力料金はずっと世界1高かったわけだ。
このように市場論理では不可能な原発が、政府保護の元に進められてきたのが日本の電力行政であった。日本以外ではフランスが原発大国だが、フランスはやはり原発は国営だ。

最近では二酸化炭素による地球温暖化という詐欺が国際的な詐欺として広まり、二酸化炭素をださないという理由で原発ルネッサンスが唱えられてきた。しかし、地球温暖化問題は存在せず、地球温暖化詐欺しかない。
要するに、ガスや石油による発電に元通り戻せばいいだけだ。それが最もエネルギー効率もよく経済的である。だからアメリカでは電力はほとんどガス発電で、石油、太陽、風力などの自然エネルギーが続き、原発など5%以下のその他扱いにすぎない。
省エネ技術も重要だろうが、素直にガス、石油といった地球起源エネルギーに回帰するのがベストである。これらは半永久的に使えるほどの量があり、もとより地球温暖化問題は存在しないからだ。

この期に及んでも、浜岡を初めとする緊急停止措置すら行われておらず、政府も東電も電力会社も経産省も責任回避に走り、あきれるほどの開き直りにより原発推進の旗をおろしてすらいない。しかし、時間が経つにつれそれは無理になるだろう。東電はもはや終わった会社であり、他の電力会社もほぼ終わっている。
だが、それ以上に日本の国土が失われてしまったのは致命的である。東電の不法行為責任は数兆だ、10兆だと言われているが、とんでもない。数百兆積んでもまかないきれないだろう。今後数百年にわたる機会損失は計り知れない。

反原発運動は、ある意味、今回の事故でその正しさが証明されたが、同時にその戦略の正しさは疑問がもたれる。
結局、産業政策として合法的に密室の中で行われる犯罪に対して、いかなる有効な反対方法があり得るのだろうかと思わざるをえない。電気事業法の電気料金規定という取るに足らない条文の前に、反原発運動の科学的に積み上げた合理的な正論は敗北するしかなかったのだ。
これらの法を改正することが、最終的に目標になるだろうが、それもまず不可能なのである。

原発問題が終わるときは、日本が終わる時だと昔、誰かが言っていたが、その通りになってしまった。
破局として終わるしかないということだ。だが、太平洋戦争の破局と異なり、国土を大きく失ってしまったのは致命的だ。
posted by libertarian at 21:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック