2013年04月25日

Hayek's economics by Milton Friedman

ハイエクの経済学に関しては、いままでほとんど関心もなかった。
「隷属への道」は45の時に書かれ、「自由の条件」、「法、立法、自由」といった著作は、60過ぎに書かれたハイエクの後期のものである。
ハイエクは40代でほとんど経済学はやめたような状態であった。
そもそも、ハイエクは経済学に関しては独学だったのではないかと思われる。
最初にとった博士号が法学で、次に政治学で博士号を取得しているが、もとより当時のドイツでは経済学部のような専門教育はなかったのかもしれない。
ハイエクーケインズ論争というのがあるが、ハイエクがIS-LMを理解していたかどうかもかなり怪しい。
LSEで教えている時は学生に初等的な経済学理解がないと馬鹿にされたこともあるらしい。
ハイエクの景気循環論にしても、現代の観点からすれば間違いだらけで、実証性に乏しい観念的なアイデアといったものだ。実際、30代で書かれたこれらの著作は実証的に重大な事実誤認が多い。
ハイエクの経済学についてはやはりミルトン フリードマンも完全に否定しているようだ。

M.Friedman「言っておくが、私はハイエクという人物は心から尊敬している。だが、彼の経済学は認めない。

「価格と生産」は誤りの多い本だと思っている。

資本についての論は読むに耐えない。だが、「隷属への道」は我々の時代の最も重要な著作の一つといっていい。

政治理論についての彼の著作には目を見張るものがある。

こちらの著作については敬服するしかない。ハイエクは「隷属への道」で自分の天職、本当の専門を見つけたに違いないと思っている。」

(ダニエル エーベンシュタイン「フリードリヒ ハイエク」p110

 

ハイエクの影響はこれら後期の著作によるものであり、これが旧共産主義圏の内部でアンダーグラウンド出版物として指導的な反体制知識層に広く読まれ、理論的、思想的なバックボーンとなった。

ベルリンの壁崩壊当時は、彼らはハイエクとフリードマンの思想を西側の人間よりも熟知していたのである。

もとよりハイエクは経済学よりむしろ法学、政治学が本来の専門であったから、後期の著作こそがハイエクの専門分野だったわけだ。

しかし、ミルトンフリードマンがハイエクの経済学を否定してもハイエクの後期の著作を最大限に誉めているように、後期の著作の意味はそれによって否定されるものではないだろう。

ハイエクの後期著作は、マルクスとは真逆の意味で世界を変えた思想だった。

 

posted by libertarian at 02:20| 東京 🌁| F.A.HAYEK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする