2003年10月26日

レオ シュトラウスーNatural Right and history

「フランスにおいて現在進行中の革命は、私の目かちすれば・・これまでヨーロッパにおける政治的原理にもとづいて引き起こされたいかなる革命とも、殆ど類似性ないし類比性をもたない。それは教説および理論的教条の革命である。それは宗教的根拠にもとづいて行なわれた変革、つまり改宗の精神がその本質的部分をなしているような変革の方に、より一層の類似性をもっている。」

フランス革命はそれゆえ、宗教改革にある種の類似性をもっている。

しかし「この一般的な政治党派の精神」あるいはこの「武装せる教説」は、「宗教からは分離されて」いて、実際それは無神論的である。

フランス革命を導いた「理論的教条」は純粋に政治的なものである。

しかし、その革命は政治の威力を宗教にまで、さらには人間精神の構造にまで及ぼしていったのであり、それゆえに、それは人類の歴史上最初の「完全な革命」なのである。

しかしながら、その革命の成功は、それを動かした政治的諸原理によっては説明されることができない。

これらの諸原理は、「ものを考えない多数者の自然的傾向性に最も媚びるもの」であるから、いつでも力強い魅力を持っていた。



「このような人間の権利にもとづく」反乱の企てが、中世におけるジャックリーの反乱とジョン・ボールの反乱、イギリス内乱期の過激派の奮闘のように、早くからあったのもそのためである。

しかしこれらの企ては、一つとして成功しなかった。

フランス革命の成功は、それを他のすべての類例 から区別する多くの特性中の一つの特性によってのみ説明されることができる。

フランス革命は最初の 「哲学的革命」である。

それは、文士たち、哲学者たち、「最上等の形而上学者たち」が、「反乱の従属 的な手先やラッパ吹きとしてでなく、主謀者や監督として」成し遂げた最初の革命である。

それは「野望の精神と思弁の精神とが結び合わさった」最初の革命なのである。

パークは、このように思弁的あるいは理論的精神が実践あるいは政治の領域にまで侵犯することに反対して、理論だけでは実践の十分な指針とはなりえないとする古い時代の見解を復活させたと言うこともできよう。彼はとくにアリストテレスに回帰したと言ってもよい。

しかし、他のことはさておくとしても、パーク以前には誰もこの問題について、パークほどの力強さをもって語ってはいないことを、急いで付け加えておかなければならない。

政治哲学という観点からすれば、理論と実践との問題に関するパークの所見は、彼の著作の中でも最も重要な部分であるとさえ、我々は言うことができよう。彼はこの問題について、とりわけアリストテレスがなした以上に力点をおいて力強く語った。というのも、彼は、新しい最も強力な「理論主義」の一形態、つまり哲学的起源をもっ政治的空論と闘わなければならなかったからである。

政治に対するそのような「理論家的」アプローチは、フランス草命よりもかなり以前から、彼が批判的に注目する対象となっていた。



Leo Strauss 近代的自然権の危機
posted by libertarian at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | E.Burke | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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