2004年03月13日

Law Legislation and Liberty

序章



 この間題には一つの解しかないように思われる。つまり、人類というエリートは、単純である反面十分に深遠で、卑賎である反面十分に崇高な、人間的知性の限界に気づき、その結果、西洋文明はその避けがたい不利な立場をすすんで甘受することにだろう。

(G・フェレーロ)

     

 モンテスキューとアメリカ憲法の起草者たちがイギリスで生まれ育った制限的憲法の概念を明確化したとき、彼らはそれ以後の自由主義的立憲制の一つの雛形を確立した。彼らの主眼は個人の自由の制度的な保護手段を提供することにあった。そして、彼らのあてにした手段が権力の分立であった。周知の形態での立法府、司法府、行政府問の権力の分割は所期の目的を果たしてこなかった。政府は、あらゆるところで、前述の人たちが政府に与えまいとした権カを憲法上の手段によって獲得した。憲法によって個人の自由を保障しようとする最初の試みは明らかに失敗に帰したのである。



立憲制とは、制限された政府を意味する。しかし、立憲制の伝統的教義に与えられた解釈では、民主主義とは特定の問題についての多数老の意志を制限しないところでの政府の一形態であるという民主主義概念とこれらの定式とを両立させることができた。

その結果、すでに真面目に、憲法というものは現代の政府概念には適さない古い遺物であるということが論じられてきた。

そして実際、万能な政府を可能にする憲法はどのようた機能を果たすのか。その機能は、政府の狙いが何であろうとも、単に政府の仕事を円滑化し効率化することだけであるのか。



こうした事情においては、次のような問いかけはきわめて重要であろう。これら自由主義的立憲制の創始者たちは、彼らの目指したものを追求するに際して、この間にわれわれが得てきた経験のいっさいを支配できるとしたら、今日何をなすであろうか。彼らが全知全能を傾けても知りえたかった過去二世紀の歴史から、われわれは多くのことを学びえているはずである。私にとっては、彼らの狙いはかつてと同様に有効であると思われる。しかし、彼らの手段は、結果的に間違っていることが明らかとなったので、新しい制度的発明の必要が生じているのである。



私は、別の本で自由主義的立憲制の伝統的教義の再論を試み、ある意味ではその明噺化に成功したと考えている。しかし、こうした理念が偉大な政治運動のすべてが依拠する理想主義者たちの支持をなぜ失ったのかを明瞭に理解するようになり、それらと両立しないことが明らかとなった現代の支配的な信念が何であるのかを理解するようになったのは、その本を書き上げて以後のことであった。



この展開の理由は、主に、個人的利益から独立した正義への信念の喪失、正義にもとる行為を防止するだけではなく、特定化された人間ないしは集団に特定の成果を達成させるための、強制を権威づけることを目的とした立法の必然的使用、さらに、同じ代表議会における正義に適う行動ルールを明文化する仕事と政府を指示する仕事との融合とにあると、今は思っている。



前の本と同じ一般的テーマの本をまた書こうという気になったのは、自由人から成る社会の存続はこれまで十分に解明されてこなかった三つの基本的洞察に依拠するという認識があったからであり、そのために本書の三部をこれらの三つの洞察に割いた。



その洞察の第一は、自己増殖的または自生的秩序と組織とは別ものであり、その差異はそれらを支配する二つの異種のルールもしくは法に関係づけられるということである。



第二のものは、今日一般的に「社会的一正義または分配の正義とみなされているものが、この種の秩序の第二の差、すなわち組織の範囲内でしか意味をもたず、アダム.スミスが「偉大な社会」と呼び、カールポパー卿が一開かれた社会一と呼んだ自主的秩序のなかでは意味をもたず、まったくそれと両立しないということである。



第三は、同一の代表機関が正義に適う行動ルールを制定し政府を指示する、自由主義的民主制度の典型的モデルは・必然的に、自由社会の自生的秩序を組織化された利益のある連合への奉仕に導く全体主義的体系へと、漸次、変換していくということである。



私が解明したいと思うこの展開は、民主主義の必然的帰結ではなく、民主主義がそれと同一視されるようになってしまった無制限政府というあの特定形態のみがもたらす結果なのである。



私が間違っていなげれぱ、西側世界に現在広くひろまっていて多くの人がそれを民主主義の唯一の形態と誤解しているがゆえに守もらなければならないと感じている、代議制政府という特定の形態には、それに貢献させようと意図していた理念から外れる固有の傾向が確かにあるように思う。



このタイプの民主主義が受容されるようなってしまったから・われわれは、かつてそれこそ個人の自由の確かな安全弁とみなされていた個人の自由のあの理念から遠ざかりつづげ・今や誰も望まなかった体系に向かって漂流しつつあるということは、ほとんど否定しえない。



しかるに、無制限の民主主義が没落の一途をたどりつつあり、急激にではなく、緩やかに崩壊していくであろうという徴候はいくらもある。高まってしまった期待の多くが、民主的議会の手から決定力をとり上げて・確固たる組織された利益の連合とそれらが雇う専門家たちに決定力をゆだねることによってのみかなえられることとは・すでに明らかになりつつある。

事実、代表機関の機能が「同意を取り付ける」こと、すなわちそれらが代表する人々の意見を代弁するのでなく、操作することになってしまったことは、もうわかっている。



遅かれ早かれ、人々は、自分たちが新しい既得利益の意のままにされていることに気付くであろう。それぱかりではなく、給付国家の必然的帰結として育ってきた擬似政府の政治機構が、変化する社会における既存の生活水準の引き上げはいうまでもなくその維持にも必要とされる適応を社会に許さたいが故に、一つの行き詰まりを生みつつあることにも、気付くであろう。人々によってつくりだされた制度によってこのような手詰まりへと導かれてきたことが認められるには多少時間がかかるであろう。しかし今、出口を考えはじめることは時期尚早とはいえまい。



(snip)



そのときには、「constitution」という言葉を、人の適合性の状態を叙述するためにも使う、より広い意味で使った。法律的な意味で、どんな立憲的取り決め(constitutional arrangement)が個人の自由の存続に最も役立つのかという問題に取り組むのは、これがはじめてである。



(snip)



これらの学間分野のうち最古の二つ、すたわち経済学と法律学の分野以上に専門への分化の効果が害を及ぽしているところはない。

モンテスキューはいうに及ぱず、デヴィッド・ヒュームやアダム・スミスのような一八世紀の思想家たちは、自由主義的立憲主義の基本概念は彼らのおかげであるが、彼らの一部が「立法の科学」と呼んだものに、あるいはこの用語の最も広い意味における政策の原理に、依然こだわっていたのである。



本書の主要な主題の一つは、法律家の研究する正義に適う行動ルールが法律家がそれについてはほとんど知らない性格をもつある種の秩序に資する、ということである。また、この秩序は主に経済学者によって研究されているが、その経済学者も同様に、自分の研究する秩序が依拠する行動ルールの性格をほとんどわかっていないということである。



しかし、かつては一つの共通な研究分野であったものがいくつかの専門分野に分化したことによってもたらされた最も深刻な影響は、無人の地帯を、すなわち、ときに「社会哲学」と呼ぱれる曖昧な主題を残したことである。



(snip)



だが、事実的解釈のみならず政治的立場もまた完全に依存するこれらの重要問題は、事実と論理を基礎として答が出せるし、また出さねぱならない問題なのである。



(Snip)



本書の第一章では、一定の広く抱かれている科学的、政治的見解が社会制度の形成に関する一つの特定概念に依存することを明らかにしようと思う。



私は、その概念を「設計主義的合理主義(constructivist rationalism)」と命名するつもりであるが、これは全ての社会制度は熟慮の上の設計(design)の産物であり、そうあるべきであるとする概念である。この知的伝統は、事実面、規範面、双方の結論の点で誤りであることを示すことができる。なぜなら、既存の諸制度は必ずしも全てが設計の産物ではないし、同時に既存知識の利用を大幅に制限することなく、全面的に設計に依存する社会秩序を作ることはできないからである。



そうした誤解は、人間の知性を、社会制度も従う同一の進化過程の産物そのものとしてよりはむしろ、自然およぴ社会というコスモスの外部にある実在物とみる、同じく間違った概念と密接に関係している。



(snip)



それらは共に普通、合理主義と呼ばれるが、私はそれらを一方では進化論的(evolutionary)(またはポパー卿がいうように、「批判的」)合理主義と、他方では誤った設計主義的(constructivist)(ポッバーのいう「素朴な」)合理主義とに区別しようと思う。設計主義的合理主義が事実についての誤った仮定に立脚していることが証明できれぱ、科学的、政治的思想の同学派群全体の誤りも証明されることになろう。



理論的分野では、それは、特に、法実証主義とそれに関連したこの誤りと生外を共にする無制限の「主権」権カの必要性への信念とである。同じことは、功利主義についても少なくともその特殊主義派あるいは「行為」派については、いえる。またいわゆる「社会学」の相当部分がその狙いを「人類の将来の創造」としたり、ある著述家がいったように「社会主義は社会学の論理的、不可避的帰結である」と主張するとき、それは設計主義の直接の系譜ではないかという気がする。社会主義というのは単にその最も高貴で影響力のあるものにすぎないのだが、全ての全体主義的教義はまさにここに属する。



それらは、基礎にしている価値のゆえではなく、偉大な社会や文明を可能にした諸力を誤解しているがゆえに、間違っているのである。



社会主義者と非社会主義者の相違は・究極的には、科学的解決が可能な純粋に知的な間題に帰着するのであって、異なる価値判断によるのではないということの証明こそ本書における一連の思考過程の最も重要な帰結の一つであるように私には思える。また、同じ事実誤認が政治組織の最も決定的な課題、すなわち別の「意志」を上に置かずにどうやって「人民の意志」を制限するかという問題に、長いこと答がないかの上うに見せつづけてきたように思う。



偉大な社会の基本秩序が全面的に設計に依拠することができず、したがって特定の予見可能な結果を目指すことはできないということが認識されれぱ、すぺての権威の合法化としての、一般的意見によって是認された一般的原理への委託という要件が、そのときの多数者の意志を含むあらゆる権威の特定の意志を有効に制限すれぱよいということが、すぐわかる。



私の主要関心事であるこれらの間題に関する限り、デヴィッド・ヒュームやイマヌエル・カント以降、ものの考えはほとんど進歩しておらず、いくつかの点については、われわれの分析は彼らが筆をおいたところから再開されなけれぱならないであろう。価値の地位を全ての合理的構築物から独立した指針的条件としてはっきり認識したのは彼らで、一その後、彼らの線を越えた者はいない。



ほんの一部の側面しか取り扱うことができないけれども、私がここで究極的に関心をもっているのは、時の経過とともに現代の巨大な悲劇と思えるようになってきた、科学的誤りによる価値の破壊である。悲劇といったのは、科学的誤りが排斥する傾向のある諸価値が、実はあらゆるわれわれの文明の不可欠の基礎をたしているからであり、そこにはそうした価値に敵対してきた科学的努力そのものも含まれる。



設計主義がみずから説明できたいこれらの価値を、その解説者が当然と考える事実の必要条件としてよりはむしろ、悉意的な人間的決定、意志の行為、あるいは単なる情緒によって決定されるとする傾きが、設計主義にはあるから、そのことが、文明と科学そのものの根底を大きくゆるがせてきた。



そして、科学も科学的に証明しえない価値の体系に依拠しているのである。



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ハイエク全集8

「法と立法と自由」の序章(p514)をOCRスキャンした。

(Snip)とあるところは、私が省力した部分のことである。
posted by libertarian at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | F.A.HAYEK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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