2004年05月09日

What is Law?

2.法とは何か? フレデリック バスティア



以下、試訳。



では、法とは何か? それは合法的な防御をすることに対する個人の権利の、共同の体制である。



我々の一人一人は、一つの自然権(a natural right)を、神から与えられている。

それは、自分自身、自分の自由、自分の財産を守るという権利である。

これら3つは、人生における必要条件である。

そして、これらの3つの、どの一つの権利を保持するうえでも、他のもう2つの権利の確保が必要である。

我々の能力は、自分の個性の拡張以外に何の役にたつというのか?

我々の能力の拡張に資さない、財産というのはあるのか?



全ての人間は、仮に武力に訴えてでも、自分自身と、自らの自由と、自らの財産を守る権利を持っていると仮定するならば、個人の集まった集団は、これらの諸権利を恒常的に守るために共通の武力を持って、それを維持する権利があるということになる。

このように、集合的権利の原則ーその存在理由、その合法性ーは、個人の権利に基礎を置いている。



そして、この共通の武力は、共通の権利を守るものだが、他の一切の目的や、他のどんな使命も論理的に持たない。それが代用として用いられる以上には。



こうして、一人の個人は、合法的に他人や、他人の自由や他人の財産に対して、力を行使できないのであるから、集団がもつ共通の武力は、同じ理由によって、合法的には、他人や、他者の自由、もしくは諸個人または諸グループの財産に対して、用いることができない。



武力の悪用は、どちらのケースであっても、我々の前提に反する。

武力は、我々自身の個人的な権利を守るために我々に与えられたものである。

我々の同胞がもつ自分と同じ権利を破壊するために、それが我々に与えられたなどという事があろうはずがない。同じ原則が、この共通の武力に対してもまた適用できるといえるだろう。

つまり、共通の武力とは、個人の武力の組織的な結合以上のものではないと。



もし、これが真実であるならば、次のこと以上に明白なことはない。すなわち、法とは、合法的な防御に対する自然な権利を組織化したものであるということである。

法とは、個人的な武力を、共通の武力で代用するものである。

そして、この共通の武力とは、個人が自然で合法的にそれを行使することに対してのみ、用いることができるのである。

つまり、個人と、その自由、その財産を守ることで、これら諸権利を維持し、我々すべてを統治するジャスティスをもたらすためにあるのである。
posted by libertarian at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | F.Bastiat | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック