2004年11月17日

Competition and Rationality : 競争と合理性

”競争は、単に他の人々が所有しているかもしれない知識や技能を利用するためのわれわれの知る唯一の方法であるだけでなく、また、われわれが現に所有する知識や技能の大部分をわれわれに習得させた方法でもある。このことは、競争擁護論が競争に参加する人々の合理的行動という仮定に依拠している、と主張する人々には理解されていない。



だが、合理的行動はしばしば経済理論の前提として述べられているが、そうではない。理論の基本的な論点はむしろ、競争によって人々は暮らしていくために合理的に行動せざるをえなくなるだろう、ということである。



それは市場過程への大部分の、あるいはすべての参加者は合理的であるという仮定に基づいているのではなく、反対に、少数の相対的により合理的な個人の存在がその他の人々に必然的にかれらと張り合わせ、優劣を競わせることになるのは、一般的に競争を通じてである、という仮定に基づいている。



合理的な行動がその個人に何らかの利益を与える社会においては、合理的な方法が次第に開発され、模倣によって広められるだろう。もし合理的であることから利益を得ることができないなら、他の人々より合理的であっても無駄である。

したがって、競争を作用させるために必要とされるのは一般に合理性ではない。逆に合理的な行動を生み出すのは競争、あるいは競争を容認する伝統である。”



ハイエク 「法と立法と自由」3巻より 

F.A.Hayek "Law Legislation and Liberty"
posted by libertarian at 21:42| F.A.HAYEK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする