2005年01月04日

HAYEK ON THE ROLE OF THE STATE

HAYEK ON THE ROLE OF THE STATE: A RADICAL LIBERTARIAN CRITIQUE

[http://www.cis.org.au/Policy/autumn00/Aut003.pdf]



With respect to theory, we have to continue to work

on these topics as Hayek would have expected us to do.

Hayek did not give us a theory of ‘public’ goods. He leaves

us without defence against the popular myth of public

goods. This is especially virulent in view of the ecosocialists’

misuse of the quest for clean air, forests, etc.,

as they place this quest in the service of creeping

socialism (‘Externalities are the last refuge of the

dirigistes’). He did not produce a theory of taxation, nor

did he develop a fully fledged theory of the dynamics of

democracy. He has not provided us with effective defences

against the popular myth of democratisation, and the

concomitant danger that creeping socialism enters

through the backdoor of democracy. In summary,

Hayek’s theoretical position—was he really a ‘minimal’

state theorist?—could generate policy outcomes of

which he would not approve.

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ハイエクが、Public Goods theoryへの反論をきちんと残さなかったことを

この文章は嘆いている。これは、もっともな不満だ。私もハイエクには、この理論をバシッと、はっきり否定しておいてほしかった。後に続くリバタリアンは、この理論を自分で否定しなければならない。ハイエクは後年は、経済学から法思想へ傾斜していったから、経済学者の立場での発言は少なかった。PublicGoods批判をハイエクから深読みしようとしたら、ハイエクの法思想、政治哲学から批判へ結びつけなければならない。

これは、厳しいかもしれない。



こういったハイエクへの不満というのは結構あるようだ。

例えば、プライバシー権、知的財産権などの問題に対してもハイエクのスタンスは生温かったり、”リベラル”っぽかったりする。

Hans Herman Hoppeなどに言わせればハイエクはSocial Democratsに近い存在だということになる。



たしかにハイエクにはおかしな主張もないわけではないし、ハイエクを神格化して全ての発言を鵜呑みにする必要は全くない。

だが、ハイエクはコメンテーターではないのであるから、あれを言わなかったとか、これに対する言及が不十分だというのは、ないものねだりというものであろう。


posted by libertarian at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | F.A.HAYEK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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