2005年03月10日

Free Riding Problem

Mises Blogでのキンセラ氏のコラムで、私はこのFreeRidingの問題を取り上げてみた。

[http://blog.mises.org/mt/comments?entry_id=3272]



MisesBlogに参加している人達のレベルはかなり高い。なかなか有意義な議論ができた。

このような会話は日本では全く成立しないが、リバタリアンの本家アメリカでは言葉の意味がきちんと通じるのである。日本では一般に会話が成立するだけの基礎理解が全くない。だから以前このBlogで取り上げたGlocomの若手座談会のような低レベルなくせに、きどっただけの無内容な議論しかできないのである。



フリーライダー、つまり”ただ乗り”の問題というのは、読んで字のごとくである。

これは、単なる経済学の理論モデルでないところがよい。デフレ、インフレ、最近ではモジュール化等といった言葉は、現実の出来事と誤解されがちが、実は単なる経済学上のモデルにすぎない。



こういった経済学ジャーゴンの弊害は、現実をモデルに適用してしまうという転倒した間違いを起こすことにある。モデルが現実を偽装するのは無害でよいのだが、現実の方を単なるモデルに合わせるのは大間違いなのである。



通常、特許制度の意義というのは、基本的にはこの<ただ乗り防止>が最大の根拠になっている。

これは次のようなロジックである。



開発者が開発費を投入して発明→追随者に技術をただ乗りされる→真似した人間は開発費のない分、安い値段で商品を提供できる。→開発者は開発費を回収できずに倒産→社会的に技術開発・発明に対する意欲がなくなる。




このサイクルを打ち破るためには、ただ乗りを防止することが必須であり、そのため政府が独占権を一定期間あたえて、技術開発の意欲が衰えるのを防止するというのが特許制度という産業政策の成立根拠となる。



そして、これを裏返したポジティブな表現が<特許制度による発明へのインセンティブ付与>だ。

インセンティブ付与なら、良い事づくめだと思うかもしれない。だが、これもCostbenefitを無視して論じることはできない。企業が報償制度などで10億円のインセンティブを社員に与えたとして、仮にその発明のリターンが一億円足らずだったら全く意味がないのと同様だ。



特許制度はインセンティブ付与というポジティブな役割ではなく、<ただ乗り防止>というネガティブな機能が基本なのである。



そして、医薬産業が、この<ただ乗り>議論が当てはまる典型とされている。

多くの場合、医薬は、開発に10年以上の長期間と、数10―数100億円の費用を投じて開発する。ただし、開発した結果を真似するのは容易だ。だから、なにがなんでもカンニング行為に等しいFreeRidingは防止しなければならない。よって特許制度は必要不可欠だというロジックだ。



問題は、<ただ乗り>によって、研究開発しいては発明への意欲が失われるから、独占権を与えなければならないという前提である。

この点は、誰も深く考えずに自明なことだと思いがちだが、実は全く自明ではない。



MisesBlogで議論したことは、Free Ridingをさらに有害な独占権付与によって規制する必要はない。なぜなら、ある程度のただ乗りは許容しつつ、マーケットメカニズムによるFreeRider対策がいくらでもあるという議論である。



例えば、次のような方法だ。

1.Trade Secret approach

2.Premium effect

3.Exclusive distribution by Eckerd

4.Cartel approach



他にも策は、いくらでも自由市場に存在する。

政府介入でなく、市場メカニズムに委ねることで、特許制度による不可視のコスト(=結局は税金負担に等しい)が、顕在化される。そして、お金という希少資源の分配は、より公正な形で、より合理的に行われる。結果的には、より高品質で、より価格の安い、より豊富な医薬品が流通することになるだろう。

ただし、これには、薬事法の撤廃などもセットで考える必要があるが。



結局、特許制度には、必要悪としての不可避性すら存在しない。あるのは無駄な税金、参入障壁や、訴訟リスク、行政の役割権力の肥大化など自由への侵害となるマイナス面だけだ。



そこに巨大な利権があるから、法の取り下げが困難となっているだけだ。

アメリカにおいても、このような実定法は、コモンローシステムを蝕む悪法として、リバタリアンには認識されているが、法を廃案にすることは極めて困難だ。

だが、麻薬撲滅という無益な努力よりも容易なのは間違いない。所詮、単なる決め事にすぎないのだから。



USAがパテントシステムそのものを縮小、さらには廃案という方向へもっていけば、日本はいうまでもなく世界各国もそれに倣うだろう。そういう時代がくる可能性は十分にあるが、ほっておいてそうなるものでないのは言うまでもない。
posted by libertarian at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | IPR(Intellectual Property Right) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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