2005年04月25日

特許法35条の改悪の責任者

今回の35条改正が改悪であるのはすでに決定的だが、特許法35条の改正を捻じ曲げた張本人として挙げられているのが京都大学の山本敬三という当時まだ40歳程度の教授である。

そして、もう一人は、労働法の土田道夫同志社大学教授である。もう一人、これらのメンバーを選任したボスもいるらしいが名前は分からない。(→ちょっと調べれば分かるが。)

そして驚くべきことに知財の専門家が審議会委員に入っていない。



山本氏は民法が専門らしいが、今回の35条改正で相当の対価という言葉を入れるのに執着したのは、不当利得行為にならないようにしたかったということらしい。つまりは<財産権>の等価交換にこだわったわけだ。

#ちなみにこのような民法解釈は法業界でも異端らしいが・・。

そもそも民法重視なら、35条の産業政策としての強行規定をはずし自由契約重視の方針で持っていくのが当然の流れのはずだ。



このような低レベルな議論を真顔で主張する人間というのは救いがたいが、それより数人の”オタク”の意見だけで、一国の全ての産業に関わる強行規定を作ってしまうことが本質的におかしいし、また恐ろしい点である。

勿論、どんな組織でも意思決定というのは数人の無責任?な人間が決めていくのだが、民間の場合は数年のスパンでみれば結果責任をそれなりに問われることで健全化が図られる。このような責任というのは本質的には財産権という掟がもたらす結果である。がしかし、政府には責任主体がどこにもないし、またどこにも財産権主体がない。

(公共事業で箱物を作っても、公共物には特定の主体に財産権がない。だが管理主体は運営上必要なので特殊法人なる架空の脱法組織を作って天下りするわけである。)



山本氏の仕事内容をWEBでちらっと調べてみたのだが、センに関する研究やら、リベラリズム云々という言葉がちらついたものがある。論文のタイトルだけでもその人の傾向は察しがつく。

大学教師というのは、もし普通の企業に就職していれば組合員のぺーぺー程度の年齢でも、先生先生と言われて自分が特殊なエリートだと勘違いしてしまう。

しかし、こういう連中が有害な立法を無責任に作ったことによる社会全体への有形無形の莫大な被害に対して、それこそ天文学的な額の不法行為責任があるはずだ。立法という行為の結果に対して、その不法行為責任が免除される理由は本質的にない。とはいえ、残念ながらそれは"法的"にはできないだろう。法律条文に一切の著作権がないのと同様に、政府のやることにはどこにも責任主体が存在しないからだ。全体主義の恐ろしさである。


posted by libertarian at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | IPR(Intellectual Property Right) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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