2005年11月12日

Judicial corruption

青色LEDの中村修二さんの話によると、日本の司法は腐りきっているということである。

それは間違いのない事実であろう。

中村修二さんは、アメリカと日本で訴訟をしてきて、日本の司法判断は真実や正義を

追求するという精神が全くないことを痛感したという。

アメリカでは、偽証罪によって毎月4000人くらいが牢屋に入れられているのに

対して、日本では戦後3人しかないと言う。



いかに優秀な医者がいても医者の数が少なすぎれば医療サービスは最悪となるのと

同じで、法曹の数が少なすぎることが司法サービスが腐る原因の第一である。



#法曹人口の国際比較をすると、日本が一万人あたり1.7人に対して

アメリカが35.3人、イギリスが15.8人である。

大陸法圏のドイツでも13.6人、フランスで6.1人。

→日本:アメリカ:イギリス:ドイツ:フランス=1:21:9:8:4



これから見ても、日本の法曹の数は今の5〜10倍に増やすべきである。

裁判制度がハングアップしてしまっていて、司法手段での解決が実質的に非現実的な位に非効率であるから

司法システムが利用されなくなっているだけである。

日本人が特別に司法解決を好まないなんてことはありえない。

民事訴訟なんてのは、単なる紛争解決のためのサービス産業と考えるべきものなのだ。



さらに、日本の司法は司法官僚システムであるというのもある。

アメリカのように司法システムの真の独立性がない。アメリカの最高裁はアメリカ憲法の

番人であり、州裁判所はコモンロー主義による正義の実現を目指しているといわれるが

日本の司法は何者でもない。結局、裁判所が機能しなければ法律は死に体となる。



その反面、行政コントロールが異常なまでに強くなっている。

現在の行政の経済産業省辺りの目論見というのは、ISOのようなデジュールスタンダードを

法的に最大限活用していこうとするものだ。これらを法ライクな実質的な規範として

社会コントロールの手段にしようとしているのである。



今、日本で陪審員制度を導入しようとしているが、これはうまくいかないだろう。

日本では偽証罪も形式的にあるだけで中村さんの話のように全く運用されていない。

そして、いざ裁判となると勝つために双方嘘の付き合いになるといった

日本の司法の悲惨な現実がある以上、陪審員は単に嘘にだまされるドシロウト集団にしか

ならないのは見えている。



更に言えば日本の司法システムの抱える本質的な問題とはまさに司法の場が正義や真実の

発見の場であろうとする態度が根本的にないことだ。

司法という他の行政権力の武力を借りないかぎり強制力をもたないシステムが社会の

要となりうるのは司法というものへの尊敬と信頼が社会にある時だけである。

正義や真実を追究していない司法が、そのような尊敬や信頼に値しないのは自明なことである。

これが日本の司法制度の本質的な問題であり、日本社会が永遠の第三世界である所以だ。




posted by libertarian at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | Law | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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