2006年10月03日

Full Value2

「特許権はどこまで権利か」 by玉井克哉

http://www.ip.rcast.utokyo.ac.jp/member/tamai/paper/B/B23.pdf



玉井先生の上の論文を読んでみた。これもためになる論文であった。

この論文は、特許権に基づく差止請求に関する最近のUS最高裁の判決(2006.5.15)を解説した論文である。



この本を読んで気づいたのだが、英米のコモンローではむしろ差止請求は補充的な手段らしい。必ず用意されている救済は損害賠償だけということだ。(私はこの点を以前にこのブログで間違って書いた。やはり相手が専門家だと思って人の話を鵜呑みにすると間違える。)

差止判断はエクイティ上のfourfactor testにかけられる。



この判決からも特許法という制定法に対するアメリカのコモンローアプローチがよく見える。

CAFCによって特許侵害に対する差止請求が常態化していた現状を覆す判決となっており、今後のアメリカの司法に大きな影響を与えるだろうと考えられる判決である。



法廷意見を書いたのはクラレンストーマス。補足意見としてジョンロバーツとスカリアとギンズバーグのものと、アンソニーケネディ、スティーブンス、スーター、ブライアーらの異なる意見が加えられた。



判決は、差止請求を認めないということだが、このフルオピニオンの法廷意見は極めて重要かつ含蓄が深い。



「裁量というのは何をしてもいいということではない。そして法的基準に則って裁量を制限することにより、等しきものを等しく扱うという法と正義の基本原則に近づくことが出来る」のである。そうした基準を識別し、適用する段になれば他の分野と同様、この分野でも「歴史の1頁は論理の一冊に相当する」のである。





意見書も産業界から提出された。予想通り、医薬業界は差止請求権は絶対に必要だというものであり、バイオ業界もそれにほぼ同じ。



IT業界団体(BSA)の意見では、逆に差止請求をデフォルトで認めることは大反対。これはITや電子電気業界における特許権の錯雑状態(Patent thicket)という現状を訴えたもの。



つまり、ハイテク製品やそれに関わる技術標準とは複雑極まりない技術と特許が絡んでいるために、全ての特許侵害を完全に予防することは不可能。またクロスライセンスにも限界がある。



取るに足らない一部の特許を振りかざして差止請求を要求されたら膨大な損害をこうむり、そのような状況ではライセンス交渉における極端な不均衡が生じることになる。



膨大な資金と時間を投資した後の段階でこのような訴訟を起こされると、事業家はホールドアップ状態になる。



そして、このような特許侵害訴訟を専門に行う産業(特許ゴロ)がUSでは組織的に活動している。特許ゴロ(patent troll)はpatent litigation firmであったり、法律家からなるが、、特許発明を事業にするのではなく、特許権を事業にする。つまりは特許侵害訴訟で相手側から法外の和解金を引き出すのが専門の法律家たちである。



ケネディ裁判官ら4人の見解は、こういった事態の変化に対し対応を変えるべきであるというものである。

つまり、patent thicket,特許ゴロ、ホールドアップ問題といった現状に対応し、柔軟にエクイティの法理を運用すべきということだ。



業界によって特許権のFullValueが制限されるのが適切であったり不適切な現状があったりというケースバイケースの柔軟な判断だ。

今後、USで特許権のフルバリュー、つまり損害賠償と差止請求を同時に行使することは難しくなるだろう。



何度もいうが、特許権というのは実に不安定な権利(というか特権)であって、この不安定さは近年日本でもとみに顕著だ。

審査効率を上げるために、異議申し立て制度などを廃止した結果でもあろう。だが、このような不安定な”権利”に法外なフルバリューを与えることは危険極まりない。



実際、USでは特許のFullValueは制限されるわけだし、日本もプロパテントなどという有害極まりない無責任なことを政策とするのでなく、むしろ”権利”の限定化を検討すべき段階にある。



#ちなみに、差止請求権がここで大問題となるのは、差止は事実上、会社もしくは事業への死刑宣告に相当する過酷なものだからである。

差止請求の仮執行も多くの場合、同様の効果をもつ。

特に中小企業の場合、設備を3ヶ月も停止すれば不渡を出すしかないのだ。差止をちらつかせた損害賠償請求であればピストルを相手から頭に向けられたホールドアップ状態であるから、交渉余地はないが、差止請求と同時でなければ、まだ常識的な範囲での交渉が可能だということである。
posted by libertarian at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | IPR(Intellectual Property Right) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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