マクロスキーなどは、もともと計量経済学者であったが、それを痛烈に批判しアダムスミスに回帰(=regression?)した学者である。(もちろんリバタリアンでもある)
つまるところ、計量経済学は、有意という言葉の誤解の上に”実証”をしようとしている学問だということである。
統計的検定こそが”悪徳の起源”だというのである。
OLS,GLS,Heteroskedasticityだといった、単なる統計的、数学的テクニックと、「有意な」結果を得たと主張することには、超えがたいほどの乖離があることに鈍感だというわけだ。
今までも、プロパーな統計数学者からは、計量経済学に対して根本的な批判が投げかけられてきたが、計量経済学者はそれに対して馬耳東風を決め込んできたのだ。それら計量経済学者の多くは、クラインを始めノーベル経済学賞を受賞してきた。
今では”R”といったフリーの高性能な統計ソフトがある上、ネットからデータを探してきてコピーして、コマンドを一発たたけば小学生でも一丁上がりでと高度な統計分析ができる。t値だ、p値だといった数字の読み方さえしれば、レポートの一つも簡単に書けるだろう。
Freakonomicsのレビットなぞも典型的にそういったタイプだろう。
パソコンの発達のお陰で、econometricsは、現実の役には立たないことが認識されつつも、ますます盛んになっているようだ。
問題なのは、こういった”研究”が政策の道具とされていることと、一見、科学的、数学的であるため、厳密で正しいことのように錯覚されることである。
オーストリアンの経済学はHuman actionつまりは人間行動学であるから、econometricsは全否定に近い。
過去の数字を否定するものではないが、econometricsで行われるような検定を実証と称することは間違いだということだ。

