2006年10月24日

Adam Smith and Prudence

アダムスミスによる徳目体系の要としての実用知の位置づけ





勇気    節制     実用知   正義   愛

Courage Temperance Prudence Justice Love



勇気と愛は危険なものとして、意図的に体系の両端に位置付けられている。スミスは例えば商業的な勇気、つまり冒険的事業にはほとんど熱意を示さなかった。彼はまた普遍的な愛に過度に依拠することもなかった。

全ての著作の中で彼が最も強調したのは真ん中に位置する三つの徳だった。

つまり「諸国民の富」では、実用知を、「道徳感情論」では節制を、生前刊行されることのなかった「法律学講義」では正義を取り上げている。



私はいまクラシカルリベラルのように発言している。私はヨーロッパ自由主義の再生を願っており、事実としても私たちは手探りながら、その方向へ向けて格闘しつつある。近代主義は、そのための正しい道筋ではない。三つの悪徳が究極の悪であるのは、科学として失敗したからというより、それらが反自由主義的であるからだ。

小農民的で機械論的な経験主義、貴族主義的で高慢な理論は、自由主義の社会を築く基礎にはならない。

さらに社会工学は自由主義社会に死をもたらす。



私たちが依拠する必要があるのは、スコットランドの啓蒙主義であって、啓蒙主義という名のフランスの反啓蒙主義ではない。



経済学において私たちはデビッド ヒュームとアダムスミスの知的かつ道徳的な徳目へと回帰する必要がある。

だが、それを必要とするのは経済学以上のもののためだ。



ー新しく謙虚なブルジョアの経済学 D.マクロスキー「ノーベル章 経済学者の大罪」より
posted by libertarian at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Libertarianism
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