2006年11月01日

Implied consent or Exhaustion?

インクカートリッジ事件としては、キャノンの知財高裁判決がメディアでも大きくピックアップされたが、もともとインクカートリッジは特許闘争の主戦場であって、キャノン、エプソン以外にもHPも同様の訴訟を多く起こしている。

プリンタ本体は叩き売り?の値段で売り、消耗品のインクで暴利?を稼ぐというのは、大手プリンタメーカーの共通の戦略である。

しかし、たかがインクカートリッジがなんであんなに高いのかは、カラスの勝手、もといメーカーのエゴというわけでもなく、実はそれでも消費者が買うから高いのである。



もし、プリンターが高くてもいいから消耗品が安い方がいいというのが消費者の本当のニーズであるとすればそういうメーカー戦略もありうるだろうが、そういうメーカが少ないのは今のメーカー戦略が消費者にとってもベターだということだろう。そもそも数年前まではプリンター自体もかなり高かった。



感覚的に言えば、お家でプリンターを使うのは写真印刷をしたり、年賀状を出すときくらいで、ビジネス的な

用途ではあまり使われていないのであろう。つまり使用頻度があまり高くない周辺機器の一つなのである。

そういったインクの消費量が少ないたまに使う程度のユーザーであれば、インクカートリッジが少々高くても本体の値段の敷居が低い方がありがたいのだ。

というわけで、ユーザーの裾野を広げるために、メーカーとしては自然と本体低価格戦略にシフトしてきているのだろうと考えられる。



キャノンの事件は知財高裁でキャノンが逆転勝訴したが、この判決はリサイクル問題とはなんの関係もない純粋に特許の消尽論解釈の舞台となった。

高裁は、消尽論に関して画期的なといってよい、”おかしな解釈”を提示したのである。

そもそも、このキャノン特許では頭の良いキャノンの知財部隊が、特許の構成要件の中にこのようなリサイクルをさせないためのトラップ(罠)をわざわざ仕掛けていたのである。

しかし、一審の地裁でも控訴審の高裁でも、このわざわざ仕込んでおいたトラップがうまく機能しなかった。なぜなら、裁判所が侵害要件の判断を単純に間違えたからである。頭のいい人間でも間違えることはあるから仕方ない。



このキャノンのトラップによって、リサイクル品は特許権の直接侵害品の輸入として差止されるのが、現行法での常識的な措置であった。

しかし、その点が驚くべきことに一審二審ともに見逃され、消尽論解釈の大問題に発展してしまったのである。



消尽論については、当Blogでも何度か言及しているが、キャノン事件に対する知財高裁の判断(三村量一裁判長)がある意味で”画期的”であるのは

BBS事件に対する最高裁判例以来、日本の司法の考えとしては、消尽論ではなく黙示の許諾説を採用していることを間接的に明示したことにある。

だが、ここら辺りの解釈は言葉の意味の混乱がかなりあり、非常に分かりにくいものとなっている。



まず特許製品が流通〜消費者に渡る過程で、特許法上は、その流通過程にいる全員が特許権の(譲渡、使用)侵害という違法行為をしていることになるのだが、これは司法上は違法ではないとしている。これを自明の法理と呼ぶ。

商品の自由な流通秩序の維持の上では、それが違法だったら困るでしょうというわけだ。



そしてこの”自明の法理”に対する理由づけとして、所有権移転説、黙示の許諾説、消尽説の3つが別々にある。

ヨーロッパでは、伝統的に消尽理論が採用されているが、実はアメリカでの法理論としては、黙示の許諾理論が採用されているのである。

消尽論の説明根拠は2重利得の禁止であるため、同じ特許で何度も利益を得ることを否定している。

それに対して、黙示の許諾理論では、この2重利得禁止は根拠でなく、一種の契約という解釈であるから、権利行使することもありうる。

さらにいえば、消尽論の対象とされるのは、特許権の譲渡、使用までであり、生産には消尽はありえないとして消尽論の適用を認めない。



アメリカではrepairは許されるがreconstructionは許されないという一般法理が確立しているが、これはつまるところreconstruction(=再生産)した場合は、特許権者の権利行使が可能になるということである。

これは、特許権が消尽(=exhaust)したのでなく、単に黙示の許諾がされていただけだからそれを超える行為に対しては(黙示の)許諾の対象外だという解釈であろう。

キャノン事件の一審判決はこの再生産か否かが判断され、再生産ではないと判断され、被告リサイクルアシスト社の勝ちとなった。

重要なのは、ここでは消尽論を適用せず、修理か再生産かを判断していることである。この判断は修理であれば、黙示の許諾によりOKだが、再生産なら許諾の対象外だとするものと解釈もできる。

ある意味、日本の判例は消尽論を語りながら、生産に対してはアメリカ流の黙示の許諾理論を採用しており、黙示の許諾理論と消尽論が混在している状況といえよう。



一方、知財高裁の三村解釈では、特許は使用、譲渡、再生産に関わらず一旦消尽するという構成をとる。

しかし、2つの類型を新たに提示し、この類型に当てはまる場合は特許は消尽せず、権利行使が可能だという複雑かつ混乱した理論構成をとるのである。

つまり、(1)本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用、再生利用がされた場合と、

(2)第三者により、特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部、一部が加工または交換された場合の2ケースである。



これは効用を終えるまでは期間限定的に消尽しているということで、効用が終われば消尽も終わるという理屈である。

しかし実は、この理論は消尽論ではなく、黙示の許諾説でないと説明がつかない。

今回、判決に対し”消尽アプローチ”を採用したとされるキャノンの知財高裁判決が、なぜ消尽論ではなく黙示の許諾説を採用しているかといえば、消尽論の説明根拠が

2重利得の禁止だからである。高裁の判断は消尽論の根拠である2重利得禁止の原理を無視して消尽理論を無理やり適用しているといえる。



このキャノンのインクカートリッジ事件は現在、上告中であるから、最高裁で、さらに二転三転があるかもしれない。
posted by libertarian at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | IPR(Intellectual Property Right) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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