2006年11月18日

Global Socialism

ミルトンフリードマンのインタビューを以前粗訳したものを採録する。

2000年頃のインタビューで、このときフリードマンは88歳だった。



"Where we stand today" by Milton Friedman

[http://www.pbs.org/wgbh/commandingheights/shared/minitextlo/int_miltonfriedman.html]

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インタビュアー:あなたのアパートからは、シリコン・バレーを一望できます。

情報テクノロジー(インターネットそして、ニューエコノミー)が、ご自分の人生をつぎこんだ経済学そして政治の大問題に対し、どのように影響を及ぼすと思いますか?



ミルトン・フリードマン:私はインターネットが影響を及ぼす最も重大な点としては、それにより政府の税徴収がかなり難しくなるだろうということが大きな問題と考える。

そして、それは非常に重要な要因であると思う。

政府は動けないものから税金を最も効果的に徴収することができる。

だからこそ、財産税は常に最初に作られる税である。

人々は動くことができるので、彼らに対する税金徴収はやや難しい。

アメリカ合衆国の中の州は人々に対する税金を徴収することがもっと難しい。しかし、アメリカ合衆国全体としては、より容易に人々から税金を徴収することができる。

では、インターネットだが、それはサイバースペースで、記録を残さずに、業務を可能にすることによって、また英国の誰かがアメリカ合衆国で本をアマゾン・ドット・コムに注文することができるように、アメリカ合衆国の誰かは、インドで取引することができる、このように人々が動くことを可能にすることで、サイバースペースが税徴収を政府にとって非常に難しくするだろうと思う。

そして、それは政府がすることができる役割を減らすこと対する非常に重要な影響を持つだろう。



インタビュアー:では、我々は、現在、ある種の”ハイエキアンの国”へ向かって行進していると?



ミルトン・フリードマン:私は、我々がその方向にあると思う。

もちろん、それには利点と不利な点がある。

それは犯罪者にとっては犯罪の実行をより簡単にする、しかし、あなたは犯罪者と犯罪者を区別しなければならない。

アメリカ合衆国の状況をみると、懲役している人間が200万人(仮釈放の下にまたは監督の下にいる人だと400万人)いる。



インタビュアー:それは何故ですか?



ミルトン・フリードマン:それは政府が、人々が自分の体内に摂取するものをコントロールしようとする誤った試みのためだ。

いわゆる薬(違法薬物の)の禁止は、殆どの刑務所の現状の主な理由である。

そして、これは被害者なき犯罪である。そして、そのようなことが犯罪とされてはならないのだ。



インタビュアー:モンペルランでの最初のミーティング後、半世紀以上が経ち、誰が、その議論に勝ったのか?また誰が負けたのか?



ミルトン・フリードマン:誰が、その知的なレベルでの議論に勝ったかは疑いがない。

1947年時より、世界の一般に認められた知的意見が、今日では、中央計画そして、規制に対してはあまり好意的でないことは疑いない。

ずっと疑わしいことは、誰がより現実的な点で勝利したのかということである。

世界は、1947年のときより、今日、より社会主義的である。

政府は1947年の時よりも、今日ほとんどあらゆる西側の諸国では財政支出が高くなっている。

ビジネスへの政府規制は、より大きくなっている。

国有化(社会主義化)の動きはなくなってきている。しかし、経済への政府介入は疑う余地なく大きくなっている。



これが当てはまらない唯一の国は、元、共産主義体制の一部であった国々である。ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ロシア、また世界のその地域を通してみると、我々は知的な議論だけでなく、同様に実際面においても、その議論に勝ったといえる。

しかし、西側では、実際に誰が勝利したのかという議論は、まだ未決定だ。



インタビュアー:あなたは希望を持っているか?



ミルトン・フリードマン:もちろん、私は大いに希望を持っている。

私を誤解してはいけない。現在、我々が実際には議論に勝つというわけではなかった、しかし、私は長い目で見れば理念が支配すると思う。そして、私は我々が知的議論と同様に実行においても、議論に勝つと思う。

 

インタビュアー:中央管理は信用されなかった ― 政府が目立って退いたようである ― しかし、我々はますます管理されるようになっているということか?



ミルトン・フリードマン:異なる領域を区別しなければならない。

ある種の規制は減少した。価格規制、産業の特定規制は、全体として少なくなった。

しかし、他の種類の規制、特に個人のふるまいに係わる規制はぐっと増えた。

厳格な経済コントロールが、社会統制へと置き代わりつつあるのだ。



インタビュアー:あなたは、それらの規制が究極的には、自由市場への脅威であると感じているのか?



ミルトン・フリードマン:それは、自由市場への脅威でない。それは、人間の自由に対する脅威である。



インタビュアー:現在、政府は至る所で市場への干渉から撤退しつつあるか、もしくはそのように見える。あなたは、振り子が元に戻ることがありうると思うか?



ミルトン・フリードマン:振り子は、簡単に逆にふれることができる。

それは、反対にふれることができる、

誰も積極的に、そうしたいのでなく、単に、巨大な権力を支配する政府があるかぎり、常に特定の利益からの介入への圧力があるためだ。

そして、一度、政府から何かを得ると、そこから抜け出すことは非常に困難となる。だから、私は本当の危険があると思う。

私は、社会を自由に保つには継続的な努力が必要だという事は依然として今も真実であると思う。

ではその格言とは何か?



"Eternal vigilance is the price of liberty."

「絶えざる警戒が、自由の対価である。」



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フリードマンが最後に挙げた言葉は、トマス ジェファーソンのものである。

言葉を補えば「政府権力への絶えざる警戒の努力を続けることが、個人の自由を守るコストである。」となるだろう。



今の流れは非常に危険だ。アメリカはイラク政策の失敗からか今かなり反動的なムードがあり、次期政権はおそらく民主党になるだろう。

”偉大なる人道派の学者”?であるジェフリーサックスをNPOが大統領候補に推す動きすらあるらしい。

[http://www.sachsforpresident.org/]



フリードマンがいうようにアメリカにおいても社会が社会主義的にどんどんなっている。

なぜそうなるのかといえば、コモンローの国アメリカにおいても、禄でもない制定法がどんどん立法されつづけているからである。



アメリカが今後もし国連主義になびいていけば、グローバル資本主義ならぬ、グローバル社会主義が実現してしまうだろう。その可能性が高まっているし、すでに危機的な状況にあるのかもしれない。

社会主義は、環境主義、人権主義の衣をかぶって依然として猛威を振るっている。

そして、その最大の武器は今も昔も制定法による自由の制限だ。ナチスの法思想であるLegal Positivismは国連においてその完成をみようとしている。



個人情報保護法の成立以降、日本は全体主義強化の道を法的な面から整備しつつある。

今は驚くべきことに個人情報保護法の”見直し”として、この悪法の弾力化ではなく、個人情報漏洩罪のような強化策が水面下で進行しているのだ。

会社法での内部統制システム構築の義務化もその一つである。さらにJSOX法が2009年に施行される。めまいがするほどの悪法の立法がオンパレードだ。



企業の自由を守ることは個人の自由を守る上でも極めて重要なものだということが、忘れ去られている。というよりも理解すらもされていないのだろう。企業とは畢竟個人の自由な活動の形に過ぎないのであって、それはinstitution(社会の公器)でもなければ、社会制度でもない。企業活動を政府が制限することは、個人の自由を制限することに直結するのである。



法律の改悪に次ぐ改悪で、自由を根本的に制限する法律がどんどん作られている。

この流れがどこに行き着くのかといえばそれは明らかだ。

人間の自由の抑圧に行き着くのである。

制定法の非常に厄介かつ悪質なところは、いったん出来てしまった法律の廃止が極めて困難なところである。大陸法=制定法主義においては、「悪法も法なり」なのだ。

本末転倒なことだが、誰にもプラスにならない法ルールに耐え忍ぶしかないのである。








posted by libertarian at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | MiltonFriedman | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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