2006年12月11日

Common law and Civil law

コモンローと大陸法の違いとは、Law finding systemとman made ruleの違いと言いかえられるだろう。コモンローとは単なるルール体系ではなくLaw finding systemなのである。



アメリカの場合、州裁判所はコモンロー裁判所であるが、連邦法は憲法で立法できる範囲がかなり制限されてはいるものの日本と同じく制定法である。

特許法、著作権法、独禁法といった日本の経済法、産業政策法に相当する法律は連邦法に属する。連邦法で制定できるものは、特許、著作権法、独禁法、税法、外国政策・・などと非常に限定されていることが特徴だ。

そしてリバタリアニズム的には、この連邦法にあたる制定法の多くに対し批判的なスタンスをとる。

連邦法の制定法は極めて強力であるがゆえに違憲審査などによって厳しくチェックされてきたが、それでも余計な法律がどんどん出来てしまう

→アメリカのconstitution of libertyとは、この政府の立法権限をも大きく制限することが本質的なところだ。これがハイエクのいう憲法によって”制限された政府”(limited government)という意味である。

それに対し大陸法システムだと、立法が制限されることはない。むしろ何から何まで法律としてルールを作ることになる。

コモンローは、単なるルールではなくLaw finding systemであるから、逆にコモンローが照らさない部分はないと言われるのである。先進国アメリカのコモンローというのは、世界的に見ても最も古式ゆかしいコモンローシステムだ。

危惧すべきことは、アメリカがハーモナイゼーションやら条約やらを口実に、コモンロー優位のスタンスを崩すことである。実際、アメリカは今この方向にあるような印象がある。そうしようとする勢力はやはりリベラル左派勢力だろう。次期の民主党政権では、この方向にかなり大きく舵を取るような予感がする。



逆に大陸法のルールでは現実の変化に法律は追いつかない。全てをルール化しようとすることで、さらに雁字搦めの体系になっていく。

リバタリアン〜アナルコキャピタリズム的には、コモンローを超えて、decentralized law finding systemのようなものをイメージする。

ここらは、ハイエクの朋友であったイタリアの偉大な法学者Bruno Leoniの論文を読む必要がある。



"Freedom and Law" by Bruno Leoni

[http://oll.libertyfund.org/ToC/0124.php]



#特許法及び著作権法は連邦憲法1条8節8項において連邦議会がこれを制定する権限があることを認めている。

これはジェファーソンが悩んだ結果そうなったのであろう。

それに対し商標法は、憲法上の明文根拠がないが、一般規定の州際通商条項(1条8節3項)=commerse clauseを拡大的に適用している。そして1946年ランハム法によって連邦で登録が可能になった。
posted by libertarian at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | Law | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック