2006年12月26日

Popper and its enemies

今の55歳当たりから上の世代の言論人は、全学連〜全共闘世代の影響に育っており、所詮はどう頑張ってみても社会民主主義的な発想から抜けられないようだ。学校の悪影響というのは恐ろしいものである。自称の自由市場論者といっても、所詮は社会民主主義者の枠組みをでないのだ。



しかしこの世代は官庁や大学などでも要職にありかなりの影響力を持っているために性質が悪い。

池田信夫さんなどは影響力はあまりないかもしれないが、この世代の典型といえるだろう。

碌にポパーを読んだこともないだろうに、解説書だけ読んで分かったようなことを言っているのにはあきれ果てる。村上陽一郎辺りのくだらない解説書を読んで分かったつもりになっているだけだろう。まあポパーを仮に読んでいたとしても何も読めていないのだろうが。



ポパーについてここで”正しい読み方”を解説するつもりも能力も時間も私はないが、ポパーほどに通俗的な誤解を受けている人間は少ないかもしれない。”Falsifiability”もその典型だ。

あのハイエクがポパーの通俗的に誤解されている意味での反証可能性理論なるものに共鳴をしたとでも思っているのだろうか?

ハイエクもポパーも日本ではまだ全く理解されていないといってよい真の自由主義思想家といえよう。



ちなみにこの傾向は日本だけではない。本家のイギリスでも大体同じような状況だろう。ただ議論のレベルは日本で行われているものとは次元が違う。というか日本では議論が全くないし、理解している人間があまりに少ない。

ポパーのメイリングリストにはイギリスがメインでcritical cafeとかいろいろあるが、社会民主主義者と科学者とが入り混じってポパーに対するアホらしい悪口をエンドレスで言っているのだが、その誤解を解こうとする少数のリバタリアンがいるという図式となっている。とはいえ、頭数と口数の多さと頑固さでは左翼の方が圧倒的だから常に平行線で終わるのである。日本では村上陽一郎のおかげでポール ファイヤアーベントのような左派科学史家が異様に高く評価されているが、実際はファイヤアーベントの議論など屁みたいなものなのだ。

ファイアーアーベントの言論がポパーに対して勝ったのどうのというレベルとはあちらのまともな人間からは全く思われていないのである。

同様にトマスクーンのパラダイム論もつまらないアイデアだ。こういった連中とポパーでは格が違いすぎるのである。
posted by libertarian at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | Karl Popper | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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