2013年10月13日

The price of drugs

薬価はどうやって決まるのか疑問であったが、日本の場合、なんと薬価はメーカーが決めることはできなくて、厚生省が決めているらしい。もちろん、こんな社会主義なことをしているのは日本くらいで、世界的にはメーカーが決めている。今は製薬会社もいろいろと大変なようだが、医薬の市場規模は国内、世界ともに拡大傾向にある。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/shinkou/dl/vision_2013b.pdf

医薬というと初期に開発された抗生物質の効力が絶大で、感染症などに劇的な効果があった。医薬品信仰みたいなものは、抗生物質の威力から来ているのであろう。
しかし最近の医薬は、いわゆる病気やら病気もどきをターゲットにしたものが多く、酵素蛋白阻害剤のようなものが多い。
異物である細菌をターゲットにしているわけではないから、非常に難しくなってる面があるようだ。
最近の医薬品は莫大なコストをかけて複雑な技術を駆使しているわりに、抗生物質のような劇的な効力を持つものは存在しない。

人類の平均寿命が上がっているのは、薬のおかげだと信じられているが、これに関してはいろいろと疑問がある。
ドラッカーなどは、抗生物質よりも、あのカフカの発明した安全ヘルメットのほうが効果があったと洞察している。(右矢印1ドラッカーは、統計的に研究したわけではないので、あくまで洞察から来る独断だ)
むしろ、一人当たり消費エネルギーとの相関をとった方が、平均寿命との相関は高いかもしれない。

医薬業界がおかしなことになっている原因として、いろいろと考えられるが、リバタリアン的発想では、まず政府の介入、規制に疑いの目を向けるのが当然である。
さらに特許制度などの制度設計の問題も考えないといけない。
FDAや厚生省の存在意義については、結論は明白で廃止せよということになる。
私もこれに同意するものである。

医薬というのは、車や家電製品とは違って、常に不完全でリスクを伴うものである。そもそも、人によって運良く効いたり、効かなかったりする。効かないどころか、副作用の害のほうが大きいことも多々ある。
そのようなものを役人が一律認可というのはどだい無理なのである。

今まで患者というと、”お医者さま”のいいなりであったが、インフォームドコンセントみたいなことも重視されてきたわけだから、患者がリスクを理解した上で薬の摂取を決めるようにしたほうがいい。
通り一遍の臨床試験など限界があるし、薬の開発費用を上げてるだけだろう。

リスクとベネフィットは最終的に病人が受けるものだが、それを100%医者まかせというのがよくない。
普通の人は自分が飲んでいる薬の情報など一切しらないだろう。
言われるままに飲んでいるだけだ。
受益者である人間が、そのリスクもメリットも値段も一切知らないというのは医薬品くらいのものだ。
車や家電だとそんなことはありえない。
それによって医薬は、out of market の聖域におかれ、市場原理も働いていない。
にもかかわらず、医薬品市場が右肩上がりなのは、日本の場合は、患者製造ベルトコンベアーシステムとしての定期検診制度などが社会主義よろしく強制されているからという面は大きい。


posted by libertarian at 19:03| 東京 ☀| Medical | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする