2014年02月18日

Do not aid, Do trade

欧米によるここ数十年のアフリカ援助、途上国援助の根底には、いわゆる設計主義、社会工学的な思想があり、その実験場であったとみるべきだろう。そして、それはほぼ全て失敗で、なにもしない方がよかったのである。欧米人にとっては実験が大事で、自己満足が大事だから、そういう失敗には鈍感なのである。援助する人間にも相変わらずの人種差別意識が隠れている。

そういう反省が行われはじめたのは、ピーターバウアーが先駆けで、イースタリーなどが後に続いている。
前にも書いたが、人道的な見地で必要となるのは緊急的な救助の類である。援助という形で、長期間、他国にコミットし、俺たちの言うとおり賢くやれば発展できるというのは、まさに傲慢なのである。

経済発展のキーワードとして、今、はやっているのは、民主主義、コモンローとイギリス型統治制度(ファーガソン)、個人の自由、法の支配、私的所有権、財産権の確立、契約上の権利の確立、オンブズマン型政府、適正な規模の政府といったものだ。それらは、必要条件と考えられているが、十分条件といえるものはないだろう。

経済学というのは、不十分であまり正確でもない統計データをつかって、なんらかの相関を見るというのが基本的な手法もしくは唯一の手法と思うのだが、こういう分析から得られる結論というのは極めて限定的である。
必要条件がいくつか抽出できたとしよう。しかし、それには、もしかしたら料理や科学の実験のように、特定の順序で、特定の条件のもとで行わないとうまくいかないものなのかもしれない。そういう条件を統計的な手法で解明することはできない。

ハイエクなどは、設計主義に対して自生的秩序を主張したわけだが、これは非常に現実的なスタンスである。
自生的秩序には、時間的な順序関係のようなものもイメージできるわけだ。
経済発展の基礎条件なるもの、私的所有権、法の支配、、といったものを適当に組み合わせて、設計主義的に、他国に経済発展が可能な経済条件を作り出そうとするのは、自称エリート連中の思い上がりであり、結果をみれば、彼らは謙虚に謝罪しなければならないはずなのだ。

むしろ、今、アフリカを発展させているのは、商魂たくましい東洋の中国経済、華僑であり、彼らが自腹を切ってリスクをとりながら、アフリカと対等に交易をすることで、アフリカは経済的に浮上してきているのである。





posted by libertarian at 11:40| 東京 ☀| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする