2014年04月15日

Protectionism caused national socialism movement

1929年にアメリカがスムートホーリー関税法を提出すると株価が大暴落した。そしてイギリスも対抗して大英帝国内のブロック経済を行うことになる。そうこうしているうちに世界大恐慌に至った。
株価の暴落そのものが大恐慌の原因ではなく、その後のFRBの措置が最悪であった事はミルトンフリードマンの指摘の通りだ。
しかし、スムートホーリー関税法によって大恐慌からブロック経済化、そして第2次世界大戦にいたる一連の流れの源流には、この極端な保護関税法があり、世界の経済を完全に破壊するだけのインパクトがあった。

ブロック経済化によって英米以上に打撃を被ったのはドイツや日本といった資源のない国だ。
同じ頃(1929)、共産主義ソ連では第一次5カ年計画を行い、これは当初、非常にうまく行っているように見えた。
こういった背景が、ドイツと日本が国家社会主義化する契機、インセンティブとなる。
アメリカやイギリスに対する反感が、市場経済に対する反感に結びつき、社会主義が非常に魅力的に見えたわけだ。
弱肉強食にみえる市場経済よりも社会主義は道義的にもまさっているように見えた。

今では、社会主義や共産主義が恐るべきものだということは分かっているが、その黎明期、初期においては、魅力的に見えたとしても不思議ではない。

それから15年後、1944年、ハイエクが45歳の時に発表した「隷属への道」では、共産主義も国家社会主義も同じ穴の狢、つまり集産主義であることを指摘した。この本は、当時のイギリス首相チャーチルにも影響をかなり与えた。
この年(1944)にブレトンウッズ自由貿易会議が開かれて、英米もブロック経済がまずかったことは反省したようにみえるわけだが、時既に遅すぎた。スムートホーリー関税法から15年も経っていたのである。

「隷属への道」は反集産主義の本であり、つまりは反共産主義、反国家社会主義、反社会主義の理論的根拠を与える本として歓迎された。
だが、この本では、ブロック経済や保護関税主義などの影響はあまり取り上げられてはいない。
もちろん、ハイエクは自由貿易の重要性は分かっていただろうが、なぜドイツや日本が国家社会主義になったかというインセンティブに関しては何も書いてない。
逆にもし、ドイツが当時、国家社会主義をとらなければ、世界大恐慌の中でどのようなことになっていただろうか?
ドイツは第一次世界大戦の莫大な賠償に喘いでいる状況で、世界恐慌とブロック経済化によってとどめを刺され、経済は完全破綻し悲惨な状態であった。
一時的なものであったかもしれないが、ヒットラーは、瀕死のドイツの苦境をまたたくまに救った救世主であったことは間違いない。もし、ドイツが英米に対して、ブロック経済はやめてくれといっても、やめはしなかったろう。市場経済に対する憎悪がユダヤという言葉にも集約されていったように思う。

こうして見ると、最初に保護主義により、世界の自由貿易、自由経済を破壊したのは当時のアメリカ、イギリスであり、ソ連でもドイツでもなかった。
過激な保護主義によって、英米以外の自給経済圏を持たないほとんどの国が経済的に破綻し、社会主義に活路を求めたといえる。
アメリカ国内においても、国内不況を契機としてニューディーラーが台頭するようになる。これはソ連の5カ年計画を模した計画経済である。アメリカ内部においても社会主義が受け入れられて行く。

こういった歴史的な流れは重要だ。歴史的な時間の順序関係が大事で、前の出来事が後におこる事態の原因、インセンティブとなってるからである。
posted by libertarian at 09:35| 東京 ☀| F.A.HAYEK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする