2014年05月03日

Democratic Peace is realistic?

ミアシャイマーのThe Tragedy of Great Power Politicsを読むと、著者の日本の歴史認識が少しおかしいなと思う点がある。
おそらくミアシャイマーは日本の歴史をシナ人もしくはチャイナスクールの学者の本から学んでいる。
そう思う理由は、英語版の原書を見ると関東軍のことを、Kwantung armyと書いていることが一つ。
最初、ワンタン軍とはなんのことかと思ったが、これは、関東軍のシナ風の発音だと気づいた。
日本人が書いたものでは、Kanto armyとなるはずだ。

もう一つは、日本の軍事行動を、brutalと書いていることがある。brutalの意味を残虐と解せばかなり強い表現で、このbrutalという言葉は、ナチスにもスターリンのロシアにもミアシャイマーは用いてない。
日本の軍事行動を残虐な侵略としている点でも、ミアシャイマーは日本をシナの視点、歴史観で見ているようだ。
もとより、アメリカ人の日本に対する歴史観というのは、太平洋戦争の時から扇動的なめちゃくちゃなものが多いので、それとシナ視点の歴史観は相性がいい。そもそも南京虐殺もシナではなくアメリカで作られたフィクションだ。

ミアシャイマーのoffensive realismの理論というかモデル理論は、なかなか説明力があるように感じるが、IRという狭い分野の話で、経済学的な裏付けとかがないのは弱い。
リアリズムの根本仮説は、国際社会はアナーキーだという点にある。そして、アナーキーから生まれるのは無法な戦争とみる世界観は、歴史的事実であったように見えるし、今の今でも相変わらずの現実である。国家間戦争は常に無法で残虐極まりないものである。ヨーロッパという狭い地域で生まれた戦争行為に対するウェストファリア秩序は、ヨーロッパ以外の国に対しては全く適用されなかったし、アメリカが台頭してからは世界中からウェストファリア秩序など跡形もなく消え去ったのである。戦争の基本は過去の宗教戦争に近いトータルウォー、総力戦に戻った。

リアリズムで重要なのは、リベラリズムの理論(というか期待)である、Democratic peace理論に対峙しているところだ。
このDemocratic peace理論は、経済学的にはバックアップしやすいものだろう。だが、それは過去の歴史を説明しない。
歴史的に、現代が過去より高いステージのリベラルな経済状態になっているという期待は、あまり根拠がない。
世界とは、同質な国の集まりではなく、異質な国の集合体だが、そこに経済という人類共通の原理を適用して平和を実現できるかどうかが問題だ。

貿易など国と国の関係はゼロサムという重商主義的?、もしくは侵略的?な理解だと、貿易は一方に合理的で一方に不利益となる。
こういう素朴な経済理解が昨今のTPP反対といった感情論に結びついているのだろう。連中にとって貿易と侵略はほぼ同義語だ。
democratic peace理論は、貿易のプラスサム効果に期待して、win-winな関係を作る事が平和に繋がるという考えがあると思われる。

しかし現実、シナのような中共は、まともな企業が存在せずシナの企業とは中共幹部が支配(所有はしてない)する機関でしかない。またシナは法治国家でもない、独裁国家だ。
そういう前提があまりに異なる国と、市場的な相互主義が成立するのかどうかが疑問だ。
アメリカとイスラム圏との関係も、win-winというよりは、単なる異質なものの衝突としかみえない。

posted by libertarian at 05:10| 東京 ☀| China problem | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする