2014年06月01日

Lost histories of The Empire of Japan

日本の近現代の歴史は圧倒的に情報が希薄だ。
特に明治維新以降、日本が大日本帝国であったころの歴史がすっぽりと失われているかんじだ。
肝心な近現代の歴史についての断絶がある。
少なくとも当時の記録情報が本来あるべきレベルからすれば、圧倒的に希薄だ。
これは、戦後のGHQによる徹底的な言論統制によって、実際に大量の焚書があったということがあり、その後も、日本の支配階級となった日本人の敗戦利得者達によって、意識的に当時の記録が排除され歪められてきたからだろう。
それら悪の大日本帝国の歴史など唾棄すべきものとして扱われてきたわけだ。
結果、日本人は日本の近現代の歴史について記憶喪失状態になってしまい、その頃のイメージすらほとんどもっていない。
だが、当時のイメージ、その頃日本人が何をどう考え行動していたかを客観的に知る事は大事だ。
翻って、1900年以降のアメリカの近現代史に関しては、日本人は映像的にも連続的にイメージできるだろう。
これは映画やドラマ、小説などで繰り返し見ているからということもあるが、そこに断絶がないからだ。
変化はあっても、アメリカはアメリカであり続けている。
日本は大日本帝国からただの日本国になる過程で、別の国になったとされ、歴史的に断絶させられているわけだ。
しかし、それならそれで、大日本帝国という国がどういう国だったかを知る必要があり、それはとても興味深い。

ところでイギリスも第二次大戦後、British EmpireからただのEngland、United kingdomになったわけだが、
植民地支配とEmpire、帝国という言葉が結びついていたため、日本も帝国とした分、植民地主義の帝国と同じイメージでみられた。本来、imperialismとは王制国家という意味だろう。それが帝国主義とされ、植民地支配主義と同一視された。
正しくは、大英帝国とはThe Empire of United colonials of British kingdomであった。
だが日本は欧米の植民地支配を真似ようとしたことはなかったことが重要である。日本は開国の当初から欧米の奴隷主義、人種差別に対し強い反感をもっていたからである。
アメリカは王を戴かない国、もしくは独立の時に王を捨て去ったイギリスの分家であるから、imperialではなかったが、拡張主義、奴隷主義、人種差別は強烈であった。アメリカはヨーロッパ、イギリスから離れた時、ギリシャ、ローマをその理想的原型とした。奴隷主義はギリシャローマ以来の伝統なのである。

実際は、日本人は帝国をKingdomという意味で使っていたのであろう。帝(みかど)を戴く国という意味での帝国だ。
だから、大日本帝国は、本来Empire of Japanではなく、Kingdom of Japanと訳した方がよかった。
大日本帝国も、大日本王国とした方がよかったと思う。
ただ日本人の意識上、帝と王では王は帝よりも格下だから、帝国という言葉にしたのだろう。
たとえば徳川は将軍王であったが、天皇は帝だ。
もし、日本が今後改名するのなら、実態に即して日本天皇国とするのが適切かもしれない。
江戸時代は、実際は連邦国家に近かったので、United states of Japanだった。それをKingdom of Japanの中央集権強化をしたのが明治維新(Meiji revolution)であった。維新というが、英語では単にrevolutionだ。
posted by libertarian at 06:53| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする