2014年06月24日

History

日本語で歴史学というが、英語ではこれは単にhistoryとなる。
歴史学というが、これは学問ではない。単に歴史だ。
実際、歴史学なるものは、国家のある種のプロパガンダ部門といったほうが正確だと思う。

今現在にしても、世の現実というのは、経済、政治、法律、技術、また軍事、というものからなっていて、過去の世もそういったもので動いている。
だから過去の世を分析的に客観的にみようとしたら、経済学、法学、政治、国際関係論、科学技術、軍事学といったものの、専門的な知識が要求されることになる。だが、いわゆる歴史家というのは、このどれも全く何も知らないど素人の集団である。
東大の歴史学は酷いことで有名だが、彼らは一流の学者と世間的には観られているのかもしれないが、何年に何が起こったとか、誰がああいった、こう言ったといったことを、高校の教科書よりは詳しく知っている程度の連中だろう。
本当の学問的な専門性、経済学、法学、政治、国際関係論、科学技術、軍事学といったものはなにも知らない素人の集まりだ。
むしろ、経済史とか、技術史とか、なにかの専門性の上に立った歴史が必要なのだろう。そういったものの組み合わせから複合的に歴史がみえてくるかもしれない。

たちが悪いのは歴史家が、時の権力と結びついたプロパガンダをする存在だからである。
それでも普通は自国に有利なことをいうのが、歴史家というものの役割だが、日本の場合は反日的なデマを延々と言い続けているから異常だ。
これは今の日本の権力というのが、ある意味、日本の中にはないからなのかもしれない。それはアメリカやシナにあるということか。

posted by libertarian at 16:34| 東京 ☁| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする