2014年06月26日

Black box in history

私のように昭和生まれで50を過ぎた人間は、昭和初期の雰囲気をかろうじて理解できる最後に近い世代なのだろう。
私の祖父は日露戦争の年に生まれているし、父は大恐慌の頃に生まれた昭和一桁世代だ。
自分は戦後の日教組反日教育を受けさせられた世代である。もっとも私は学校の授業などまともに聞いたことがないが、読書からGHQ史観にかなり洗脳させられてきた。未だに歴史家は、GHQ史観で洗脳された人間ばかりなのだろう。

戦前のインテリは、世界史の中で日本を考えていたが、戦後はひきこもりになり、世界史のメカニズムはなにも見えなくなり、ひたすら内向きにオタッキーに自虐的なことを言い続けてきたのが、戦後の進歩的文化人というバカどもであった。
司馬遼太郎、その子分の半藤一利といった3流小説家が、いまだに結構人気があるようだ。もっとも司馬遼太郎の人気も権威も落ち気味なのだろうが。連中はGHQ史観の中で、えらそうなことを言っているだけで、いわゆる敗戦利得者といってもいい。
戦後の東大は、このGHQ史観、敗戦利得者史観、マルクス史観の牙城となり、いまだにそうであり続けいている。
東大を民営化するくらいのことをしないと、今後もこの東大の体質は変わらず、害毒を垂れ流し続けることになる。

柄谷のようなド左翼評論家の歴史観なるものも、所詮は司馬遼太郎程度のレベルだ。柄谷は司馬を絶賛していて、本は全部読んでいるといっていた。だから、柄谷はあれほどに何事に関してもでたらめなことをほざいてきたのである。

昭和初期を理解するのは、未だに大きな知的な課題だ。失われていた記憶が取り戻されて、記憶のピースがつながっていくような発見がある。
最近、西尾幹二氏のGHQ焚書図書開封というのを、読んでいる。GHQによって昭和初期の約8000冊の図書が焚書になったのを発掘し、紹介している本だが、非常に興味深い。1945−1952年までにGHQによって行われた徹底的な言論統制、社会改造こそが、一番意識されていない日本の失われた記憶の部分である。その期間のoccupied japanはブラックボックスとなっており、その間に戦前戦中の記録の抹消と改竄が組織的に行われている。

posted by libertarian at 13:23| 東京 🌁| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする