2014年07月26日

Why history is important

歴史の一般の本を書くメンツというのはかなり限られている。
ある程度読むと大体,論者のスタンスが見えてくる。
近現代史に関しては特にメンツが限られる。いろいろ読んだが、やはり歴史というのは文学の一種のような感じである。
所詮は過去のことなので、いかようにでもストーリーを作れるのであろう。
歴史を解釈するとは物語を作ることだ。
特に近現代史に関しては名誉、プライドが絡んでくるらしく、こだわりがある部分らしい。
自分で歴史の一次資料を掘り起こして調べるなんてことはまずやらないから、何が正しいのかは誰を信じるかによることになる。
私は、あまり誰の物語も積極的に信じる気はおきない。

ナショナリズムだかパトリオティズムの根拠として歴史認識が大事だと思っているのであろう。もしくは反ナショナリズム、反日の根拠として、歴史を利用する人間もいる。さすがに、後者は全くいただけないが、前者もいかがなものか。
まずもって、歴史論議には数字とか客観的なものが少なすぎる。
経済分析なら、1930年代以降はある程度の正確な統計数字があるようだが、それ以前になるとほとんどないだろう。
特に大東亜戦争になると、イデオロギーが最大の論点となっていて、共産主義とその工作プロパガンダだなんだと、客観的な資料の出にくいところを問題にせざるをえないのが議論をあいまいにする。
兵士が天皇陛下万歳といって死んで行っているのにたいし、海軍のトップは敗戦主義(という革命思想)を持っていたとか、そんなことはなんともわからないことだ。証明もできないだろうし、絶対なかったともなかなか言えない。過去の人間が何を考えていたかなんて、記録もないのに分かるわけがないではないか。

その点、ミアシャイマーのように、イデオロギーや内部政治的なものをすべて捨象する議論というのは、ある程度の客観性があるように思う。
コミンテルンのスパイがいようがいまいが、謀略がどうあろうと、アメリカは日本と闘うことになる国家間の力学がそこに見出せるわけだ。
しかし、そうであっても日本が北進したか南進したかで歴史は全く違く結果になっただろうことも間違いない。
ミアシャイマーの議論はバランスオブパワーから大国間の衝突予測を可能とするが、細かいところまで決定する議論ではない。
もとより決定論などナンセンスだ。
だが、もし北進していてもミアシャイマーの理論では、やはり日本はアメリカと衝突することになったということになる。

各国間の政治力学、軍事力学については、ミアシャイマーのモデルは興味深いし、私はそれがリスペクトに値すると思っている。
そもそも過去の歴史についても、国際政治、軍事力学を理解するデータとして見るくらいしか利用価値はない。
歴史がナショナリズムだかパトリオティズムの根拠となる物語でしかないなら、むしろ有害無益であろう。
バランスオブパワーの力学を理解するためのデータとして歴史をみるべきなのである。



posted by libertarian at 18:28| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする