2014年08月03日

Fantasy theory

Realism、リアリズムという言葉の反対は、空想、ファンタジー、fantasyだろうか。
もっとも、fantasismなんてものは聞かない。real の反対がfantasyというべきか。

空想的社会主義であるとか、社会主義は、空想、ファンタジーの世界での想像力をかきたててきたように思われる。
平等とか自由とかいった概念を善の概念として、きちんと定義もされずに空想的に、理想的に空想されてきたわけだ。

アナキズムもそれに近い。アナーキー、anarchyの定義はなきに等しいくらいいい加減だ。
菅野とかいうリバタリアニズムについてつまらん本を書いていた若いやつが最近TVにもでているが、彼の言っていることなどを少し聞くと、彼は左翼だとわかる。文系にはこういった連中が多い。こういう教養のない阿呆がろくに勉強もせずに舌先三寸で食っていけるのが文系の世界だ。
だが、それも彼が左翼だからなのである。左翼だから日本の左巻きアカデミズムに受け入れられたのだろう。

おそらく、日本でリバタリアニズムを言ってる連中のほとんどは、実はかなり左翼、左巻きの連中だろうと思う。
リバタリアニズムはDavid Friedmanのように自由のアナキズムを説く人間がいるように、リバタリアニズムのアナキズムのイメージに吸い寄せられるのだろう。
つまりアナキズムとは、もともと極左の言葉だが、それに飛びついてくる左翼、もしくは右も左もよくわかってない左寄りの人が多いと思う。
フリードマンは、アナキズムをきちんと定義して使っていて、その定義の中で法的秩序の生成がミクロ経済的に可能かどうかを考えたりしているのだと思うが、定義した範囲で語るのは理論的であって、別に空想的という悪い意味はない。
アナキズムを左翼用語の無政府主義と訳していては、フリードマンの話は誤解するだろう。

日本の空想的リバタリアニズムは、左翼とその変種の集まりであって、日本は今、空想的リバタリアンがすこしだが増えている。
日本は、君主、天皇を戴く共産主義を右翼だ極右だと言ってきた歴史があるが、こういう右も左もごちゃごちゃにした、ほとんどニュースピークスのような言葉の乱用がある。
リバタリアニズムも、そうなりつつあるのだろう。






posted by libertarian at 11:12| 東京 ☀| Libertarianism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする