2014年12月12日

AI car and her

電気自動車とは、コンピューターとソフトの塊だが、今のガソリン車もソフトの塊で、開発費で一番大きい部分はソフトだと聞く。
そう聞くとそうかとは思うが、車種毎にソフトを作っているわけじゃないだろうから、なんでそんなに開発費用がかかるのが不思議な感じもする。
ソフトベンダーにぼられているのではないか?w

電気自動車は、ガソリン車と違って大きなバッテリーを積んでいるから、コンピューター置き場としても優れている。w
近い将来、自動車はロボット化されたものが実用になるだろう。家庭へのロボット導入は車が最初になるのではないか。
車が巨大なスマホのような存在になっていくだろう。車に乗ることは、車のAIと対話する場になるのだろう。
ルンバの普及よりも、AIロボットカーの方が先になるかもしれない。w
車の中で、人間はAIに包まれ、最大限に尊重され、最高のアドバイザー兼、召使をもつようになるのではないだろうか。

こないだherという近未来のAIを描いた映画を観た。PCやスマホでAIのOSと恋愛するというお話だった。
だがインタフェースが、PCやスマホでは面白くない。
私は車がそういうAIに包まれる環境を提供するようになると思う。

ところで、AIはどこにあるのかという問題というか疑問点がある。今のイメージではAIはクラウドの中の超巨大スーパーコンピューターの中に存在するのだろうか。
いわゆる分散か集中かという問題だが、herのOSはクラウドにあるようだ。
だが、コンピューターの性能がこのまま向上していけば、中央のクラウドにおかれたスーパーコンピューターは必要なくなる。
分散化された形にまた戻るのではないか。

herでは、クラウドにある一つのAIのOSが複数の人と恋愛するのが、嫉妬というか複雑な気持ちを主人公に起こさせるわけだが、人工知能が分散型になれば、アイデンティティの問題で混乱はなくなる。w

分散と集中はサイクルのようなものがあって、時々の経済性と合理性で選択される。別にどっちがいいという問題ではないが、ことAIに関してはアイデンティティと絡んできそうだ。

posted by libertarian at 09:45| 東京 ☁| Tech | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする