2015年08月24日

Dead or Slave,Defeat means slave

日本の自称リバタリアンの連中など、私からみれば、連中はただの変形左翼にすぎない。
これは、池田信夫みたいなどーしようもない連中のことである。

ネットにいる自称リバタリアンの連中も所詮は変形左翼にすぎないということを私はよく知っている。
共産党よりのリバタリアンもいれば、ヒッピーよりの自称リバタリアンもいるということで、どちらも私は全く認めていない。日本のミーゼス崇拝者も同じである。連中は経済も数学も分からないただのバカである。w
つまるところ、日本にリバタリアンと言える人間は悲しいかな私しかいないということなのである。(爆

自分をどう呼ぶかは勝手なので、別にどうでもよいが、日本の自称リバタリアン達が変形左翼にすぎないのは悲しい現実だ。このままだと、共産党が日本リバタリアン党と自称する恐れもすらある。w
どうすれば、本当のリバタリアニズムを日本人に広めることができるのであろうか?
別に広まらなくてもいいのだが、あまりにも低レベルすぎて話にならない。w

リアリズムとリベラリズムにしても必要条件と必要十分条件の違いがわかってない。
貿易や交易が平和的な関係の必要条件であったとしても、それは必要十分条件ではない。
では、なにが必要十分条件なのかは、リアリズムもリベラリズムもわかっていない。ただ、どう対応するべきかという点で、リアリズムが正しいのである。
貿易が大事なのは自明だが、経済的相互主義そのものはセキュリティの代わりにはならない。
誰もなにが平和の必要十分条件かを知らない。
戦争か平和の選択ではない。セキュリティとは相手のアナーキーな暴力に敗北するか否かの問題だ。

デフレが正しいなどとほざいているバカどもは相手にしてもしょうがない。
彼らはただバカなだけだ。オウムの主張にいちいち相手などバカバカしくてだれもしない。w
しかし、こういう連中は単にバカなだけでなく、極めて有害だ。

政府の存在もそれ自体は大した問題ではない。70年前の日本人が対峙したのは、欧米のキリスト教価値観からくる人種差別問題だった。この問題に対して日本は戦争には敗北したが、論理的には勝利した。

日本でもっと理解されるべきなのは、ミルトンフリードマンやその息子、デイビットフリードマンの考えかただろう。彼らのことを帰結主義だなんだといっても、帰結主義の意味が理解されていない。
posted by libertarian at 04:52| 東京 ☁| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする