2015年09月23日

Military gains of suicide attacks

ゼロ戦の特攻に関しては、「永遠のゼロ」以来、一般の関心を呼んでいるようだが、未だに特攻についてちゃんとした理解はないと思われる。具体的なことを知らないで観念的に特攻を論じても無意味だ。例えば、特攻の戦果、つまりアメリカにどれだけの被害を与えたのかとか、何機の特攻を行ったのかとか、誰が特攻を行ったのかそのパイロットの名前といった具体的なことをしらないといけない。

前者については、日本側にあまり正確な記録がなかったが、アメリカ側の資料が近年公開されたことで、特攻の成果は今まで言われていたのとは大きく異なり、極めて大きな戦果をあげていたことがわかってきた。
また、誰が特攻を行ったのか、一人でもそのパイロットの名前をあげられる人はほとんどいないだろう。これも大きな問題だ。日本人の誰もその英雄達の名前を全く一人として知らないということは、WGIPの成果としかいいようがない。

また、特攻が単なるやけくその攻撃ではなく、そこには緻密な計画があったこともわかってきている。
例えば、最初にレーダー艦を特攻で叩いた後に、空母や駆逐艦への攻撃が行われていたそうだ。手段は特攻であったが、最大の戦果を上げるべく合理的に行動していたようだ。
結果、特攻の戦果は恐ろしく高く、アメリカは特攻によって甚大な被害を受け、沖縄からの撤退をニミッツは要請したが却下され、結果的にその数日後、日本の特攻機がなくなってしまったために、アメリカ側は皮一枚で勝利出来たらしい。

ゼロ戦特攻に関しては「永遠のゼロ」がベストセラーになったが、回天による人間魚雷特攻を描いた佐藤秀峰の「特攻の島」も秀作である。回天は遊就館にもその実物が展示されている。
靖国の遊就館には膨大な記録があり、ゼロ戦などの大東亜戦争の兵器の展示も大量に行っている。ここは一度は足を運ぶといいと思う。

我々日本人は誰ひとりとして、WGIPの閉ざされた言論空間から自由ではない。自分はWGIPに洗脳なんかされていないと思ったら大間違いなのだ。なぜなら日本の言語空間ごとWGIPに汚染されているからである。

特攻隊員は多くが戦場に持っていく一冊として万葉集を持参したらしい。戦闘機パイロットは今も昔も超エリート集団だ。今の我々は万葉集の意味も全く理解できないし、今ある本の和歌の解説も全くトンデモの解説だらけのようで、でたらめな私小説的な解釈しかできていない。
だが、当時の特攻隊員の若者はその意味を正しく理解していたからこそ、万葉集を選んだ。
戦後は日本の言語空間が何から何まで捻じ曲げられているために、今の我々には当時の言語空間が異文化のように全く理解できず、そのために大東亜戦争をも全く理解できないでいる。
posted by libertarian at 23:54| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする