2015年10月10日

Tell spring not to come this year

ミアシャイマーの主張は明確で、アメリカの敵は何かを見定めれば、何が敵でないかは決まり、敵でない勢力と戦ってはいけないというものだ。
911のイスラム原理主義勢力がアメリカの敵ならば、反原理主義のサダムのイラクはアメリカの敵ではなかったし、支那が敵ならば、いつまでもソ連と敵対していてはいけないという。
イデオロギーでなく、利害関係だけで友好、同盟関係を結ぶという点がリアリズムと言われる理由だ。
実際、それでいいのであって、国や組織は人間じゃないのだから、国家間の関係を人間関係のアナロジーで考えるのは危険だ。

しかしアメリカは自国の利益だけで基本的に動いているためアメリカに過度に依存するのは危険である。
日本はかなり過度にnational securityをアメリカに依存している。
過去において、ベトナムでもアフガンでもイラクでもアメリカは途中で急に撤退、分散し、火中に取り残された同盟国はどうにもならなくなる。
先日、NetflixでTell spring not to come this yearというアフガンのドキュメンタリー映画を観た。
アフガンから米軍が撤退し、残されたアフガンの国軍がタリバンと孤軍奮闘している状況のドキュメンタリーだが、取り残された国軍は厳しい状況となっている。
アメリカ連合軍が残していった、わずかなアメリカ製の兵器で戦っているようだ。
日本もこうなる危険性はある。アメリカにとって日本はロシアと支那を閉じ込めるための瓶の蓋、つまりは使い捨ての蓋にすぎないということを忘れてはいけない。
ベトナムやアフガンのようにならないようにするためには、日本は自主防衛可能な軍事システムを構築するしかない。公共投資も無駄な土木に無理やり金を使うのはやめて、国防に金を大々的に回すべきだ。
一挙に国防費を倍額とかすればいい。1%ルールなんてものは、法律でもなんでもないのだから、そんなものをルールということ自体が間違いである。非核3原則しかり。

集団自衛権の話が騒がれたが、左派の支那の手先連中は論外にしても、保守?の連中も期限に関する危機感が全く感じられないのはなぜなのか?連中は支那との衝突をいつか遠い先に起こるかもしれない危機という程度のイメージしかもっていないようだ。これは要するにアメリカがいるから大丈夫という安心感なのであろう。
これは甘すぎる。私はあと5年以内にその危機がやってくると思っているから、保守の連中の話を聞いていても、なんという危機感のない連中なのだと唖然とする。
自主防衛可能な体制を目的とする軍事体制は一朝一夕にどうなる問題ではない。
posted by libertarian at 19:07| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする