2015年11月15日

Asymmetrical War

フランスで同時多発テロが起こった。
ISが犯行声明を出したので、おそらくISの犯行なのであろう。
高度な計画性があるということは、背後に組織があるということだ。
これをテロとはいうが、いわゆる非対称戦争でありつまるところ戦争だ。
そして、これはイスラームから見れば、ジハードだ。国家間の争いが戦争だとすれば、イスラームにいわゆる国家はないから、戦争ではなくジハードということになる。

フランスは歴史的にも現在も中東紛争の最大の当事者国であり、シリア紛争に大きくコミットしているから、ISに狙われているわけである。
ISを国と認めようが認めまいが、フランスとISは戦争状態にあるわけだから、ISの攻撃はやはり戦争の一環と見ないとおかしい。テロといえば国内法で裁かれる犯罪行為というニュアンスだが、むしろ戦争法規で裁くべきものだろう。

もとより、こういった戦争、もしくはイスラームからすればジハードなるものは、あの中田考氏の解釈によるとイスラームの教えから外れた行為であるらしい。
シャルリーエブドの際は言論の自由という論点であれこれ言われたのがミスリーディングであった。
そもそもムハンマドの顔を書くのはダメだというイスラームの禁忌のようなものはコーランになく、イスラームではより広く動物一般の像を描いてはいけないということがハディースにのみ書かれているらしい。しかし、これには解釈の余地がいろいろとあり、実際は、イスラームの中でもムハンマドの像は普通にあり、別に問題とはされていないそうだ。

シャルリーエブドの問題の本質は、ムハンマドの姿を描いたことではなく、預言者を侮辱したことにあるのである。そして預言者に対する侮辱や冒涜は、最悪の罪とされ決して許されず、それがムスリムによるものであれば死に値する大罪とされる。
これは、ハッドと呼ばれる法定刑として定められている。

では、なぜシャルリーエブドのような報復がイスラーム法では本来許されない行為なのかといえば、「戦争の家(ダール アル ハルブ)」におけるムハンマドの侮辱のような犯罪は、イスラームが罰則規定を執行する政治的権力を持たないため、犯人が戦争の家に居住するものである限り、このハッド執行の義務は免除され、放置されるからだそうだ。
もし、このハッドを執行しようとするならば、カリフ国の存在がなくてはならない。だが、今はカリフはいないので、このハッドの執行はイスラームの教えからは逸脱した行為となるというのが、中田考氏の説明である。

なんとなくわかったような気にはなる説明である。
だがしかし、このハッドを行った犯人はイスラーム法上、なんらかの罰則があるのであろうか?
そこまでは、中田氏は論じていない。ちなみに、この中田氏の論考は2006年に発表された「幻想の自由と偶像破壊の神話」という論文によるものである。約10年前のものでシャルリーエブドを論じたものでもないし、ISも存在していなかった。

現在、ISのバグダッディがカリフを宣言しているのは、ISを「イスラームの家」(ダールアルイスラーム)にしようということなのだろう。
もし、ISを支持するものにとってバグダッディがカリフであり、ISがイスラームの家なのだとしたら、シャルリーエブドのハッドもイスラームの法定行為ということになるのかもしれない。
つまり、ハッド執行の義務は免除されない。
ここら辺はスンニー派のイスラム法の解釈問題なので、部外者にはわからない問題ではある。

いずれにせよISというイスラームを相手にする場合は、国際法も国内法も通用しない。
ISはイスラームの義務を果たしているという論理なのであろう。ISを国と認めようが認めまいが、それすらもイスラームの法からすれば全くどうでもよい話なのだ。
戦闘員でなく、民間人を殺すのはテロだと言っても、中東では民間人を数十万人規模で殺してきたのが欧米であるし、今もドローンで民間人を殺しまくっているらしい。あちらのコラテラルダメージは無視する方針でもあるかのようだが、当然にこれは非人道的だ。
こう考えると、欧米はやはりシリアや中東から手を引くべきなのかもしれない。ISを完全殲滅することもできないし、それが良いことだとも思えない。シリアから手を引けば欧米はISに屈服することになるが、それで何か困ることがあるのだろうか?
posted by libertarian at 00:53| 東京 ☔| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする