2015年11月24日

Wasan ;Mathematics of Japan

江戸時代というと、時代劇のイメージ程度しかなかったが実に興味深い時代である。
江戸を理解する上では、その科学技術を知ることは極めて重要なことだ。
特に和算がいかに深く広く日本で発展していたかを知ることが肝心だ。

天地明察という小説で、江戸の和算の文化が描かれているが、関孝和のような大天才もおり、かなり高度な和算が一般に浸透していた。当時の人にとって和算は実用的なものであり、かつパズル的な娯楽だった。
だが日本中の藩に和算家がたくさんいて、そのおかげで各地で極めて高度な土木計算もできた。
当時日本の数学者の数は世界一だったろう。
もちろん、誰でも読み書きそろばんができ、識字率はほぼ100%近かったようだ。
士農工商は身分制度だと今まで学校では教えてきたが、これは身分制度ではなく単なる職業区分であった。
だから寺子屋では士農工商の子供が一緒に勉強していたらしい。

関孝和は17世紀前半ですでに行列式を発明し、ベルヌーイ数を発見し、微分積分をも発明していたというのは知っていたが、渋川春海の改暦に噛んでいたことは天地明察を読んで初めて知った。
日本は鎖国をしていたからある意味、学問や和算もガラパゴス的な進化を遂げたようにみえるわけだが、江戸時代は当時でも世界一の鉱業国であり、その文化レベルも世界一だった。

こういう現実を知れば、黒船が来て、すぐに同じものを作ってしまったというのは不思議でもなんでもない。
江戸では技術開発はなんでも許されていたわけではなかったが、高度な和算と工学技術があった。
ニュートン力学も蘭学として17世紀には伝わっている。
日本人は手先が器用で好奇心が旺盛だから汽車も黒船も作ったというのは表層的な間違った理解であり、高度な和算の技術が広く普及しており、高度な工業技術力があったから、一旦作ろうと思えば、やすやすと可能だったわけだ。それまでは車のような技術開発は禁じられていたから作られなかっただけだ。

悪しき日本の戦後教育のせいで、日本という深い歴史と文化をもつ世界最古の文明国にいながら、その価値に多くの人は気づいてない。そろそろ日本人は日本の歴史と文化に対する敬意を持たないといけない。
posted by libertarian at 01:44| 東京 🌁| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする