2015年11月28日

Other peoples affair

一旦戦争になるとあまり詳しい戦争の情報というのは報道もされないようになる。
思い出してもこの30年の間に湾岸戦争、イラク侵略戦争、アフガン紛争などといろいろあったが、戦地の情報はあまり報道されていなかった。ベトナム戦争の頃よりも戦場報道というのは少なくなっているのではなかろうか。
今のシリアにしても、実際の状況はほとんどわからない。誰も戦地には行かないし、現地の住民であっても状況は自分の住んでいる周辺くらいしか分かっていないのではなかろうか。全く把握できていない可能性もある。
これは一つに戦地の状況が軍事秘密とされているからという理由もありそうだが、実際の地上戦では指揮官といえでも戦況の確認は非常に困難で、自分らが勝っているのか負けているのかを把握することが一大テーマとなるらしい。広範囲で戦っていれば、自分の被害はある程度把握できても相手の被害までは正確にはわからない。実際は勝っていても劣勢と判断するリスクもあるし、逆のリスクもある。
ここら辺は、将棋も同じで、優勢か劣勢かを判断するのは余程、形勢に差がついていない限り難しいのである。

シリアでIS側を1万人空爆で殺戮したというのはアメリカ軍による正式報道だが、あまり関心をひかず、同情も起きていない。実際はISの戦闘員以外にも現地の人も相当の数、虐殺されているはずである。
空爆で戦闘員だけピンポイントで殺すことはできないし、いわゆる軍隊の形式をとっていないISが戦闘員だけ1カ所に固まっているとも思えないからだ。

一方で先日のフランステロのようなものは詳しく何度でも報道される。
そこで、120人程度が殺されたフランステロにはやたらと同情的なコメントが溢れるが、シリアのどこかで空爆によって1万人以上殺されたと聞いても、あっそうで終わるのが世論というものだ。

わからないことはいろいろとある。アメリカがアサドをデモナイズしてアサド政権を、イラクのフセイン同様に倒そうとしている理由も定かでない。これら両名は汎アラブ主義者であったが、それがけしからんということなのか?どこかには書いてあるが、それを私が知らないだけなのか?

戦争にデモナイズはつきものである。アサドもISもデモナイズされているが、空爆で数万人一挙に虐殺する欧米側が冷酷で残虐でないとでも思っているのであろうか。
イラク侵略の際のサダムフセインのデモナイズも相当なものであった。これはハリウッド映画で悪役がまず最初に非道な殺しをし、それを主人公が後で殺すことに正当性を与えるというおきまりのパターンである。

アメリカもネオコンというキリスト教福音派の原理主義者が闊歩していたときにイラク侵略戦争を起こしたし、ロシアはもともと共産主義原理主義であるし、フランスも社会民主主義の国である。中東が原理主義者の騒乱の場となってきているわけだが、そもそもが一神教は原理主義なのである。

この中で一番の劣勢に置かれていた原理主義がイスラームだろう。
イスラーム原理主義には、今までのイスラームの穏健な考え、つまり、汎アラブ主義のような世俗主義をベースとしたアラブ国家の統合みたいなものは全くダメという認識がある。世俗的でリベラルなゆるい支配による、真綿で首を締められるような完全な敗北という状況から抜け出せないわけだ。
その点、ISはカリフ復活を謳うことで、イスラームの本質的な問題、もしくはビジョンを世に問うたという点で画期的な存在といえる。国家の統合ではなく、イスラームの家の再建というのがそのビジョンだろう。

今までの中東のわけのわからないゲリラ的な紛争ははたから見て全く意味がわからなかったが、ISはビジョンと大義を明確にしめしたといえる。
昔と違って、中田考氏のような本格的なイスラム原理主義者、もといイスラム法学者が日本にも登場したお陰で、イスラームの考えそのものがある程度、わかる状況になってきたことも自分的には大きいかもしれない。w
この点、池内恵とかいう若手の中東研究家とかがもてはやされているようだが、私はこういった人間はあまり評価しない。国際関係やイスラームを論じるにはあまりに未熟な印象がある。

イスラームが良いとか悪いとか部外者が言ってもしょうがない。そもそもそんなものを深く理解するほど誰も興味も時間もない。これは他宗教、キリスト教にしてもヒンズー教にしても同様だ。
イスラームの律法主義が部外者からは奇異なものに見えたとしても、ムスリムがそう思わないのであれば別にどうでもよいわけだ。
posted by libertarian at 16:09| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする