2015年12月05日

Premodern vs Premodern

中東問題、イラクやシリアの問題にしても、日本から見れば、欧米もイスラームもどっちにも加担はできないと考えるのが普通であり正しい。
しかし、公平に考えれば、欧米の方が悪いと考えざるを得ない。欧米には現代に連続する過去の植民地支配の罪の重さがあるわけだ。だが一方のイスラームも全く知らないし理解もできないから、イスラームが正しいとも支持はできないというのが実態だろう。

しかし、アメリカのブッシュによるイラク侵略を見て、これが太平洋戦争、大東亜戦争の時のアメリカと日本の構図とほとんど同じだと気付かない人間は相当におつむが鈍い。
サダムに対するデモナイゼーションは日本が昔やられていたことだし、サダムに対する裁判もどきは東京裁判の再現であった。イラクという狂信的な侵略主義的な後進国はかつてのアメリカがみた日本である。

ほとんど報道されないがイラク侵略においても100万人単位の人間が無差別に欧米に殺された。大東亜戦争当時、アメリカが日本に行った東京大空襲などの虐殺も原爆以外はアメリカ人はほとんど知らない。
その後、イラクがめちゃくちゃになりISが台頭してきた経緯なども、アメリカの日本征服後に共産主義ソ連やシナが台頭してきたのと似ている。

日本はもともとずっと世俗的な国家であったから、近代化に際しての宗教的な制約は全くなかった。
日本人は大東亜戦争とは近代国家同士の戦争だと当時考えていた。
しかしアメリカは日本人がイメージしているほど世俗主義的な国家ではない。
つまり欧米は日本ほどには成熟した世俗主義的な国家ではないわけだ。アメリカも日本を世俗的な国家とはみていなかった。
結果、大東亜戦争は日本人の戦争イメージ、つまり日露戦争の頃のウェストファリア秩序、国際法を遵守した上での紛争解決手段とは全く異なるものとなった。日本は日支事変の当初からウェストファリア秩序に則った近代国家として行動をしようと努めていたが、第一次大戦でそれは終わっていたということに気づいていなかった。
その後の世界はその延長にある。

共産主義とはもともと欧米の近代主義、科学主義を極端に突き詰めたものである。宗教の否定もその結果で、いわゆる共産主義の無神論なるものは科学合理主義の帰結であった。
アメリカはその点、科学合理主義の国でもあり同時に宗教国家でもあった。当時のソ連から見ればアメリカは劣った科学合理主義の国で、ソ連の方が優れた近代国家だった。そして、そう思う人間はアメリカにもたくさんいた。

ハイエクなどは最初、そういった科学主義を批判した設計主義批判の論を展開した。
米ソの対立にはイデオロギー論争があったが、似た者同士の間の対立という面はあった。科学合理主義が普遍的だと考えるアメリカ人や日本人は非常に多かったし影響力があった。そして科学合理主義を否定することは極めて困難でもあった。設計主義、自制的秩序という新たな言葉を使っていわゆる科学合理主義に対抗しようとしたハイエクのような言論は当時はほとんど影響力もなかったのである。

ソ連という極端な科学合理主義を唱える、建前としては完全なる無神論で政教分離どころか宗教を廃止した国と、ゆるいけども政教分離をしたアメリカというキリスト教大国との関係はソ連の方が進んだものと見えたわけだ。どちらも宗教は政治に無関係という建前上、イデオロギー対立にスポットが当てられた。
結果的に進んでるはずの科学主義国家である共産主義ソ連は、アメリカという劣った新たなローマ帝国の経済力の前に敗れた。これは”経済的な自由主義”の勝利として捉えられたが、必ずしも科学的合理主義の敗北とイコールではなかった。

中東の紛争、戦争をみると、通常これは従来の近代国家の間の紛争とは捉えられていない。近代国家の前提は世俗主義であり領域国民国家だが、イスラームは宗教主義であり、宗教法が国家法に優越する領域なき世界である。
そして対するアメリカは、領域国民国家だが完全なる世俗主義でもないいわば現代のローマ帝国というべきウェストファリア秩序以前の存在で前近代的なものが混じる国だ。
この対立は、欧米から見れば近代と前近代の関係であり、宗主国と劣等な未開植民地の関係の延長にある。
だが、日本のようななんの関係もない端から見ると、これはまさしく前近代国家同士の宗教戦争にも見えるわけだ。
もしくは、進んだ近代国家による劣った植民地に対する粛清といった大東亜戦争開戦当時の世界の構図のようにも見える。
posted by libertarian at 12:19| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする