2015年12月19日

科学主義と社会主義:Scientific socialism

18世紀、1700年代は世界的にみて平和な時代だったように思う。
歴史年表をみてもあまり大きな戦争は起きていない。
しかし1700年代は産業革命が起こり、様々な画期的な機械が発明され、発明の世紀という印象がある。
1600年代から正確な時計の開発競争があった。これは経度を測定するための懸賞付きの問題だった。
時計の技術開発を通じて、高度な機械技術が発展したようだ。そして1700年代になると時計職人達が様々なマシンを発明する。1800年代になると電気技術が発明されエネルギー革命がおこる。1900年代にはオートメーション、コンピューターが進歩する。ほんの300−400年の間に一気に0からここまで来た感じだ。

もし、ローマ帝国がキリスト教を採用せず、ギリシャの科学を継承していれば、5世紀には今の水準まで来たのであろうか?キリスト教のためにヨーロッパは1000年の停滞をする。
1800年代の科学も数学もすでに相当に高度なレベルにあったし、古典力学は成熟して完成されたものと思われていた。全てはアトムに還元され、アトムは古典力学で決定されるものと思われていた。
ある意味、この時代は現代以上に科学万能と思われていた時代で、その時代背景があって共産主義のようなものが生まれた。マルクス以来、社会も科学の対象とされ社会科学などというものもはやるようになる。
未だに社会科学はあるが、廃止されるべきであろう。w

経済にしても、本質的に単純なものと考えられていたようだし、国家や社会の運営など科学的に計画すれば理想的にコントロールできると思われていたわけだ。それが社会主義国家のイメージであった。
ソ連が健在だった当時はなんでも頭に科学的なんとかとついたものだ。社会主義と科学という言葉は切り離せないものであった。歴史まで科学的歴史主義だなんだと言われていた。
簡単に言えば、科学的=正しいことで良いこと。科学的でないこと=間違っていて悪いことだった。
今もそうなのかもしれない。w

今思うと芸術におけるモダニズムも社会主義と非常に近いところにあった。進歩的芸術家は大体が左翼インテリであった。ソ連、東側でもモダニズム芸術なるものが盛んであった。革新主義というのは基本的に、科学がイメージされている言葉だ。

科学万能主義というのは完全に否定されているわけではないだろうが、社会主義に結びついた科学主義は失敗したわけだ。つまるところ、それはあまり科学的でもなく正しくもなかった。
複雑さというのが認識されるようになったのは割と最近のことだ。それは還元して単純化できそうにないものと認識され始めた。
posted by libertarian at 01:39| 東京 ☀| Modern HIstory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする