2016年01月28日

大聖堂と裁判所:Basilica

古代ローマには裁判所があったのかなかったのか定かでなかったので、調べてみた。
そもそも裁判所という場所がなければ、法律だけあっても運用ができないので、当然にあるはずである。
ちょっと調べたところ、やはり古代ローマにはちゃんと裁判所があった。裁判所はバシリカと呼ばれ、後に大聖堂がバジリカと呼ばれる元らしい。

しかし、古代ローマの裁判システムの説明が見当たらない。
そこで、「古代ローマ人の24時間」という本を見たところ、簡単な話が載っていた。
裁判は百人法院という180人の判事集団、それと弁護士に被告、原告で構成されるようだ。
当時は裁判そのものが雄弁術と記憶術を駆使する舞台であり、多くの観客がいたそうだ。
しかし裁判官について記載がない。だれが判決を下していたのであろうか?
ここら辺のところはさらなる要調査である。

塩野七生さんは、哲学科を出ているらしいが、法律はあまり興味がないようである。それなのに、哲学の国家ギリシャでなく、法律の帝国、ローマが好きらしい。
だがアメリカにしてもローマにしても、法律という観点がないと、所詮は通俗的な理解しかできまい。w

あと、ローマ帝国の版図は地図で見ると広大だが、当時、人口はどのくらいだったのか調べてみたところ、紀元1年頃のローマの100万人とwiki にあった。今の世田谷区くらいの人口規模である。
これはローマ市民とその他(奴隷その他)を入れた人口だろうか。他にも植民市とか属州があったから、この数倍(2−3倍?)が当時のローマ帝国の人口になるかもしれない。あの広大な領土にして、それしか人がいなかったわけだ。当時はまだほとんど土地が開拓されていなくて野生にあふれていたのであろうが。
この内、ローマ市民権を持ったローマ市民は30万人くらいか。
奴隷は人口の10%程度だったらしい。

高校の世界史はやたらと沢山のことを暗記させる愚劣な暗記コンテストと化しているが、教科書にも資料にもこういった具体的な数字がほとんど載っていない。分からないのもあるだろうが、そういう数字を伴う具体性について教科書を作っている連中の意識が向いていないようだ。
電話帳のような細かなことの暗記なんかしても、試験が終わったら何も残らないだろうに、愚劣な努力を弱者である学生に強いるのが現代の教育という強制収容所システムの悪辣なところである。

追記)
さすがに数百万人は少なすぎると思い、さらに調べたところ、よいサイトを見つけた。
http://heartland.geocities.jp/zae06141/romandata1.html
http://heartland.geocities.jp/zae06141/roman_population2.html

これによると、アウグストゥスのAD14年頃のローマ帝国は4500万人。
ローマ市の人口 100万人で、帝国内でローマ市民権を持つ人の全体493万人。
奴隷も1割だと450万人程度。残り8割は奴隷ではないがローマ市民権を持たない人か?
このくらいであれば納得だ。w

しかし、これだけ人口があれば裁判所もそれなりの数がないと処理しきれなかったろう。
posted by libertarian at 13:31| 東京 ☀| et cetera | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする